2020年11月27日 (金)

生命は縄張り争いを宿命づけられている

植物は縄張り争いを繰り広げます。自分の仲間を増やすため、根を張り枝を伸ばし葉を茂らせ、他種の植物が養分や日光を摂ることを妨げようとします。私が飼っている熱帯魚にも縄張り意識があります。狭い水槽の中にも関わらず、他の魚が自分の縄張りに入ってくると、その都度執拗に追いかけ追い払います。

大きな動物も同様です。より多くの食べ物を獲得するために縄張り争いを繰り広げます。縄張り意識は食糧の確保に起因し、更にそれは繁殖機会の獲得につながるのでしょう。繁殖を義務づけられた生命は、そもそも争いを宿命づけられています。

縄張り争いの典型はヒトです。ヒトは700万年間ずっとこの争いを繰り返してきました。他種の動物との、そしてヒト同士での食うか食われるかの争いの中で、ヒトはその形態を進化させ脳を増大させ、技術や文明を獲得してきました。ヒトの歴史は縄張り争いの歴史です。集団を構成し、国家を作り、国境線を引き、未だに争っています。

そもそも私たち個人だって、数億という数多くの他の精子との争いに勝って卵子に到達した結果です。先に卵子に到達した私たちは、後からやってくる精子が卵子に入れないように卵子に縄張りを作り、その結果私たちが生まれました。私たちの争いは、既に精子の時から始まっているのです。

争いは生存本能から生まれ、生存競争は生命の根源です。この宿命あるが故に、ヒトは未だに戦争を抑止できません。極めて残念ながら、この先当分抑止できないでしょう。

こんなところに隠れた秘密基地。うちから徒歩20分のところ。知らなかった。2020.11.26
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2020年11月24日 (火)

妬み嫉み僻み(ねたみそねみひがみ)

野坂昭如は、コラムは表題の三つの「み」で書く、とかつて言ったことがあるそうです。私もその通りだと思います。

コラムニストやコメンテーターには責任がありません。責任と権限は表裏の関係ですから、責任がない人には権限も普通はありません。権限がない人は権限ある人を時に羨ましく思います。妬み嫉み僻みは、この羨望から生まれるのかもしれません。

権限がない自分の地位を慨嘆しながら、一方で責任がない自分の立場に安堵しながら、それが共にない人は共にある人を攻撃し又は皮肉ります。権限は富を伴うことが多く、権限も富もないのが私たちの大半ですから、その攻撃や皮肉は多くの人の共感を当てにできます。これがコラムニスト、コメンテーターの拠り所となります。

コラムニスト、コメンテーター、ツイッターでつぶやく人はそれでもいいでしょう。権限と責任への批判と追及は必要だからです。でも野党の政治家がそれだけでは困ります。たとえ今は権限がないとしても、対案を示して欲しいと思います。大衆の妬み嫉み僻みを当てにして、「首相は赤坂で高級天ぷらを食べていたぞ」なんて言っているのはさもしい限りです。対案のない攻撃や皮肉はもう卒業した方がよいと思います。

秋深まる(三保市民の森)2020.11.18
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2020年11月20日 (金)

2060年問題(40年前の責任なら問える)

第二次ベビーブーム世代の最後は、1974年生まれの人たちです。今年46歳になる彼らは、2060年には86歳になります。その頃、私が属する第一次ベビーブーム世代はもうとっくに死に絶えていますが、今から40年後の2060年の日本は、一体どうなっているのでしょうか。

65歳以上の高齢者人口及び総人口に占めるその割合(高齢化率)は、次のように推計されています。2020年は3617万人(28.7%)でしたが、2042年は高齢者人口のピークで3935万人(36.8%)、2060年は3541万人(38.1%)となっています。ここで注目するのは、高齢者人口がピークを迎える2042年以降は、高齢者人口が減少するにも係わらず高齢化率が上昇することです。つまり、高齢者が減る割合以上の割合で総人口は減少する、ということになります。

2060年の日本は、国民の2.5人に1人が65歳以上の高齢者で、しかも日本の総人口は今より4000万人以上も減少する社会です。今の東京都3つ分以上の人口が減少するわけです。少子高齢化対策をも含んだ、もっと大きな課題の人口減少対策が必要になります。私にはそれがどんな社会なのか、なかなか想像は出来ませんが、各専門分野の学者なら、統計から見えてくる必要な対策が今でも想定できるはずです。

活断層の調査や核のゴミ保管では10万年単位の議論がされていますが、2060年はわずか40年後です。10万年後のことまで今の政治家に責任は問えないかもしれませんが、40年後の責任なら十分に問えるはずです。75年前の責任を検証できる私たちですから、40年後の私たちは40年前の政治家の責任をきっと問うでしょう。

下の公園の皇帝ダリア(我が家の棟を背景に) 2020.11.18
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「定年後・高齢化社会」編バックナンバー
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-767460.html

 

 

2020年11月17日 (火)

コロナで気掛かりなこと

年末を控え、日本の感染者数が増えています。第3波です。高齢者で持病がある私は、出来るだけの防御策を講じるつもりです。その上で感染するのは仕方ないだろうな、と思います。無症状の感染者(特に、若者)が増えているようで、気をつけていても感染することもあるでしょう。感染は覚悟します。

症状が出たら、かかりつけ医に電話して事情を話し、PCR検査を受けられる場所を尋ねます。その指示に従います。ところで、自宅から検査場所までの交通機関はどうしたらよいのでしょう。検査場所の車で搬送されるのでしょうか。妻が運転する車で運んでもらうのでしょうか。分かりません。

PCR検査の結果が陽性だったら、まずは濃厚接触者は妻でしょう。妻もPCR検査を受けます。他の濃厚接触者は誰かが問題になります。スマホの接触確認アプリもインストールしましたが、利用者が少ないのが難点です。

発症2日前から他人に感染させる恐れがあるそうです。他人に感染させたのではないかという不安が募ります。2週間前からの自分の行動は、予定帳と日記帳に書いてあります。誰と接触したのかの記憶を思い出しながら、知人の名前を列記します。双方マスクなしで会話した人(あり得ません)、片方がマスクなしで会話した人(あり得ます)、私と会食(お茶を含む)した人が濃厚接触者でしょう。濃厚接触者に連絡します。「私はコロナに感染しました。あなたは濃厚接触者です。PCR検査を受けた方がよろしいかと思います」と。

私が陽性になって病院などの施設に入院するまでの少しの間、私は妻と同居することになります。妻に感染させないように、私と妻は双方マスクをします。距離(ソーシャルディスタンス)を置きます(今でも微妙な距離を置いていますが・・・)。自宅のドアノブ、スイッチ、テーブルなども、一日数度消毒する必要があります。他の留意点は何でしょうか。

私は集合住宅に住んでいます。管理組合や自治会に、私が感染したことを連絡すべきでしょうか。エレベータのカゴ内は消毒する必要があるのでしょうか。それも分かりません。

気掛かりなことはいろいろありますが、最後はなるようにしかなりません。

もう1回稲穂が出来たらいいな(恩田川沿い)2020.11.11
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2020年11月13日 (金)

誰もが自分の人生をなんとか生き抜いている

好きなテレビ番組が二つあります。ひとつは、NHK「にっぽん縦断こころ旅」という番組です。その人の思い出の場所、忘れられない場所を「こころの風景」と名づけて、その場所を火野正平が自転車で訪ねる番組です。番組の最初と最後に、その人からの手紙を火野さんが読みます。手紙には、その人のこころの風景となったいきさつが書いてあります。

もうひとつは、同じくNHK「ドキュメント72時間」という番組です。ある場所(販売店や施設が多い)を設定して、72時間にその場所へ来る様々な人たちに番組のスタッフが声を掛けます。声を掛けられた人がいろいろな話をします。何を買いに、あるいは何をしにここへ来たか、今何をしているか、しようとしているか、を話します。職業、家族構成、自分の病気、悩み、人生観などを話す人もいます。

好きな理由を考えてみました。二つの番組に共通するのは、登場する人の人生模様が見えることです。それぞれの人が、自分の人生をなんとか頑張って生き抜いていると感じられます。人生に失敗もある、挫折もある、悩みもある、それを乗り越えながら、苦しい今をなんとか生きている、ように感じられるからです。自分の環境や背景に痛みを抱えながらも、彼らは実に様々な人生を語ってくれます。

同じ人生はありません。彼らも私とは違う人生を歩んでいます。他人の人生とは違ってもいいんだ、と認めることができます。一方、彼らは誰かの支えがあってこその自分の人生を語ります。誰かの支えは、あらゆる人の人生に共通点でしょう。様々な人生模様を背景に、誰かに支えられて今その人はなんとか毎日を生きています。私の共感を呼び起こします。

「飲むなら乗るな 乗るなら飲むな」
米軍上瀬谷通信施設の跡地と海軍道路 2020.11.4
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「定年後・高齢化社会」編バックナンバー
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2020年11月10日 (火)

コンピュータHAL9000の苦悩

コンピュータが人間に代わって思考し判断してくれる時代が既に来ています。コンピュータがどんどんと人間に近づいています。感情を交えることなく判断し、優先順位をつけられるのがコンピュータの取り柄ですが、あまりに人間に近づきすぎたコンピュータはついには苦悩するようになるかもしれません。

SF小説「2001年宇宙の旅」で、知的生命体を探査するため宇宙船ディスカバリー号は土星に向かいます。宇宙船には航行を制御するコンピュータHAL9000が搭載されていましたが、HALにはあらかじめプログラミングされた、乗組員にも秘密のミッションが与えられていました。その秘密保持と自己防衛のため、いつしかHALは混乱し苦悩し葛藤するようになり、ついには反乱を起こして乗組員を殺害してしまいます。最後には、一人生き残った乗組員に中枢の動力源を切られ、HALは自我を失うとともに苦悩からも解放されます。

リーダーは決断しなければなりません。その決断に瞬時でもためらいがあれば、取り返しのつかない事態が惹起される可能性が生まれます。従って、優秀なリーダーは逡巡が少く、苦悩や葛藤に煩わされず、あくまで冷静に合理的に、まるでコンピュータのように瞬時に正確な判断が下せる人、ということになります。ひょっとすると未来には、脳手術や薬物によって、そうしたコンピュータのような究極人間を造ることが可能になるのかもしれません。

人間に果てしなく近づいた究極のコンピュータは、ついには人間らしい苦悩や葛藤を獲得することになる。コンピュータのように正確無比な究極の人間は、ついには苦悩や葛藤を失う。そういうことなのでしょうか。もしそうなら、究極のコンピュータと究極の人間はここで重なり合い、やがてその立場を入れ替えます。

愛や怒りの感情は他の動物にも見られますが、苦悩や葛藤は人間特有でしょう。それらはいずれも未来に係わるからです。苦悩や葛藤は、人間をして人間たらしめている最後の領域かもしれません。こう考えれば、悩むばかりで決断ができない日常の自分自身にも少しは安堵ができる、ということになります。


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<参照>
「宇宙・SF」編バックナンバー
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-b1a44b.html

 

 

2020年11月 7日 (土)

「こころ編・パート2」バックナンバー

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「こころ編・パート2」バックナンバー

あまだれ・1

番号 掲載年月日   タイトル               カテゴリー
 2 平成20年(2008年) 6月21日 一本足の案山子 コラム・つぶやき
 5  7月12日 この世はバランス コラム・つぶやき
21 12月15日 赤穂事件から学ぶこと 政治・経済
27 平成21年(2009年) 1月24日 善意は時として押し売りになる コラム・つぶやき
31  2月20日 世界平和を実現する秘策 コラム・つぶやき
32  2月27日 自動思考 コラム・つぶやき
35  3月20日 罪はその人だけの責任か コラム・つぶやき
45  5月29日 竜巻雷之進を覚えていますか コラム・つぶやき

 

あまだれ・2

番号 掲載年月日  タイトル       カテゴリー
47  6月12日  他人の不幸は蜜の味 コラム・つぶやき
58 8月28日  辞世の句 コラム・つぶやき
93 平成22年(2010年)4月30日 「あとほめ」の勧め コラム・つぶやき

 

あまだれ・3

番号 掲載年月日   タイトル         カテゴリー
112 9月10日 時間も認識上の産物 コラム・つぶやき
119 10月29日 虫と共存する(副題:ハエトリグモはダニを コラム・つぶやき
120 11月 5日 不安あっての物種 コラム・つぶやき
127 12月24日 睡眠の不思議 コラム・つぶやき
139 平成23年(2011年)3月18日 その日に備えて コラム・つぶやき
147 5月13日 日本人の結束力 コラム・つぶやき

 

あまだれ・4

番号 掲載年月日   タイトル    カテゴリー
153  6月24日  ま、いいか  コラム・つぶやき
165  9月16日  風向きにご用心 コラム・つぶやき
168 10月 7日  巡るストレスの終点 コラム・つぶやき
185 平成24年(2012年)2月月3日  たまにはもっとほめたらいいのに 政治・経済
188 2月24日  怒らない人怒る人 コラム・つぶやき
189 3月 2日  我が物と 思えば軽し 笠の雪 コラム・つぶやき
194 4月 6日  弱虫の虫のいい選択 コラム・つぶやき

 

あまだれ・5

番号 掲載年月日   タイトル          カテゴリー
215 平成24年(2012年) 8月24日  人生常に波高し コラム・つぶやき
223 10月19日  漢字の間違いくらいで文句は言わない コラム・つぶやき
238 平成25年(2013年) 2月 1日 数の数え方 コラム・つぶやき
239  2月 8日  あいまい文化(副題:突き詰めない日本人) コラム・つぶやき
242  3月 1日  その時々で両方をうまく使う(しかない) コラム・つぶやき
255  5月31日  レッテルを貼れば安心 コラム・つぶやき

 

あまだれ・6

番号 掲載年月日   タイトル           カテゴリー
266  8月15日 かの難(かた)き日を生きし人々 コラム・つぶやき
270  9月13日 未完の完 コラム・つぶやき
273 10月 4日 空気の力(副題:「非国民!」は生きている) 政治・経済
285 12月27日 片への道はいづこ行きけむ コラム・つぶやき
288 平成26年(2014年) 1月17日  トリアージ(誰を見殺しにするか) コラム・つぶやき
305  5月16日 イケイケドンドン文化(袋叩き文化) 政治・経済

 

あまだれ・7

番号 掲載年月日 タイトル カテゴリー
313 7月11日 トレードオフの関係 コラム・つぶやき
314 7月18日 お母さんがやっぱり一番強い国 コラム・つぶやき
338 平成27年(2015年) 1月 1日 台風と地震が日本人を作った(悲しみの美学) コラム・つぶやき

 

あまだれ・8

番号 掲載年月日 タイトル カテゴリー
366  7月17日 雑草は抜かれる時、「あっ!」と思うか コラム・つぶやき
368  7月31日 私たちは間違える、何度でも 政治・経済
369  8月 7日 敗者の美学 コラム・つぶやき
371  8月21日 正義と正義の戦い コラム・つぶやき
383 11月13日 他人を罵るとバレてしまうもの(吠えつく犬 コラム・つぶやき
385 11月27日 命の意味 コラム・つぶやき
388 12月18日 増えて困っているもの、いくらでも増やせる コラム・つぶやき
391 平成28年(2016年) 1月 8日 国は子どもにもっとお金を使うべき 政治・経済
394  1月29日 虐待の連鎖      政治・経済
398  2月26日 夫婦ゲンカは妻が強い、これが日本の現状で コラム・つぶやき
400  3月11日 その日に備えて コラム・つぶやき
405  4月15日 悪人はみな哀しみを持っている コラム・つぶやき

 

あまだれ・9

番号 掲載年月日   タイトル               カテゴリー
418 平成28年(2016年) 7月15日 人類最後の敵 コラム・つぶやき
421  8月 5日 情報の共有化か個人情報の保護か(二律背反) コラム・つぶやき
423    19日 民主主義の弱みと強み? 政治・経済
424    26日 それは子どもたちの問題と言うよりは私たち コラム・つぶやき
429  9月30日 誰かを「わるもん」にできれば自分は「いい コラム・つぶやき
430 10月 7日 「みんなと同じ」を好むのはなぜ コラム・つぶやき
431    14日 木口小平は本当にラッパを離さなかったのか コラム・つぶやき
436 11月18日 選択肢が増えることを怖がらない コラム・つぶやき
437    25日 その日が特別な一日であることを、その時本 コラム・つぶやき
439 12月 9日 心とこころ、福島とフクシマ コラム・つぶやき
440    16日 空気の力には誰も逆らえない 政治・経済
448 平成29年(2017年) 2月10日 怒りと不安は隣り合わせ コラム・つぶやき
449   17日 そうとは限らない コラム・つぶやき
453 3月17日 余白の文化、ずらす文化、はずす文化 コラム・つぶやき
456 4月 7日 幸せ者とは何者か コラム・つぶやき

 

あまだれ・10

番号 掲載年月日   タイトル     カテゴリー
470  7月14日 公正世界仮説 コラム・つぶやき
475  8月18日 彼はそれを良かれと思ってやっているので誤 コラム・つぶやき
476    25日 その時代には英雄と呼ばれない人 政治・経済
484 10月20日 嫌われている政治家を探そう 政治・経済
486 11月 3日 被害者になりたがる人 コラム・つぶやき
493 12月22日 社会(社交)不安障害の治療 コラム・つぶやき
505 平成30年(2018年)  3月16日 命は矛盾を抱えている コラム・つぶやき
509 4月13日 完璧主義もほどほどに コラム・つぶやき

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2020年11月 6日 (金)

眠れるために

老人の私は夜中に2、3回、目を覚まします。その都度、尿意を催してトイレに行きます。トイレの後、寝床に戻りますが、その後なかなか眠ることができません。昼間にはなかったような不安な思いに駆られるのです。不安感だけではありません。焦燥感、恐怖感です。昼間のネガティブな感情のタネが、真夜中に発芽したのでしょう

扁桃体は脳にある器官で、生存の脅威がないかを常に監視し、見つけたら不安や恐怖といった感情で警報を発します。自己防衛のための器官です。人類はかつて、辺りが見えない夜は肉食獣に襲われる、という不安や恐怖の体験に幾度となく見舞われました。長い世代にわたって、そのときの不安感や恐怖感が体に刻み込まれ、脳の中に今でも残存しているのかもしれません。夜は扁桃体が過敏で過活動になるのでしょう。

眠れるために、私の対処方法は4つあります。①扁桃体が夜中に過敏になる、ということを思い出します。夜の不安は、昼間であれば大したことはない、ということを思い起こします。②これに悩んで眠れなくなれば不健康になる。自分が健康であるからこそ、問題に対処できる、と合理的に考えます。③対人関係の不安や悩みであれば、自分の課題と相手の課題に切り分けます。これは自分の課題ではない、と思うようにしています。(課題の分離)④「感謝、感謝、感謝、・・」と念仏のように心の中で繰り返します。感謝の相手は、家族や友人や知人です。他には、日本に生まれて良かった、この時代に生まれて良かった、と感謝します。同じ言葉をただひたすら繰り返す感謝の念仏は、意外と効用があります。

最後はこれです。不安あってこその人生。不安がなくなれば、その人の人生そのものが終わったということ。こういう良い言葉を聞いたことがあります。その通りだと思います。

真夜中に懸案の解決策を思い付くこともあります。たとえ不安で眠れなくても、人生良しとしましょう。一度しかありませんから。

やや秋色 2020.11.4
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2020年11月 3日 (火)

全てはループしている

それ以上小さな単位がない極小の物質が素粒子です。素粒子は素粒子そのもので出来ていることになりますが、構成要素がない物質とは不思議です。素粒子は一体何で出来ているのでしょう。どこまでも小さくしていくと、そこは不思議な世界となります。

極小が素粒子とすれば、極大は宇宙です。宇宙が何かで出来ているのなら、そして宇宙が膨張しているのなら、その外側があるはずです。外側はどうなっているのでしょう。外側の更に外側はどうなっているのでしょう。無限大はあり得るのでしょうか。無限大は最初からそこにあるのでしょうか。どこまでも大きくしていくと、そこも不思議な世界となります。

どうやら宇宙の成り立ちには素粒子が関係しているようです。素粒子の一部は勝手気ままで偶然の動き働きをします。偶然の相互作用で平衡状態が崩れ、そこに「ズレ」「ムラ」「揺らぎ」が発生するようです。この宇宙も星も、このズレムラ揺らぎから生まれました。素粒子の偶然が発端になってこの世が構築された、ということになります。この世の極小の素粒子と極大の宇宙の組み合わせはとても不思議で暗示的です。極小と極大とのつながりは、始まりと終わりの果てしないループを暗示しています。

何か怖ろしいまでにとんでもないことを、私たちは気づかないまま見過ごして平凡な日常生活を送っている、そんな気がすることが時々あります。これはそのひとつです。

<今日のメロディー>
まっかな秋♬
https://youtu.be/SM3uzR5hOmc

 

2020年10月30日 (金)

トリアージ(誰を見殺しにするか)

トリアージという言葉があります。「非常事態に陥った場合に、最善の結果を得るために対象者の優先度を決定して選別を行うこと」、の意味だそうです。日本語に訳すと「識別救急」とも言うそうで、災害時に、助かる見込みのない者や軽傷者よりも、処置を施すことで命を救える被害者に対する処置を優先すること、とあります。阪神・淡路大震災以後、日本ではこの言葉がよく知られるようになりました。

戦争の時、指揮官に求められるのは、「誰を見殺しにするか」という決断だそうです。昔のTV映画「コンバット」では、サンダース軍曹はどんな場合でも決して部下を見殺しにはしませんでしたが、現実の戦闘では違うのでしょう。戦場の非常時には指揮官もトリアージを求められ、他の多くの部下の命を危険にさらすことを避けるために、一人の部下の命を救うことを諦める決断をするのでしょう。最善の結果を得るために苦しいこの決断を下すのは、優秀な指揮官でなければ出来ません。多分、その通りだろうと思います。

考えてみると、戦時の指揮官だけでなく、トリアージの前提となるべき苦悩と覚悟が、平時の指導者にも問われ求められています。米軍基地はもちろんない方がいいわけですが、日本の「安全」のために「沖縄の人の心」や「プライド」を見殺しにしています。原発もできればない方がいいわけですが、日本の「経済」のために「リスク回避」を見殺しにしようとしています。政治家が靖国神社に参拝したのは、保守層の支持や期待、それに自分の信念を無視できなかったからでしょう。中国や韓国との当面の外交関係の方を見殺しにしました。

ヨーロッパ各国の指導者はコロナで大変です。コロナを抑制するにはロックダウンが一番です。代わりに経済活動を見殺しにします。経済活動を重視すれば、コロナ抑制を見殺しにします。この世の大半はトリアージそのものです。

枝を切っても、また生えてきて花も咲く。その生命力。ベランダのランタナ。花を花瓶に挿しました。2020.10.29
P1060478

<今日のメロディー>
野菊♬
https://youtu.be/JkRI0QWTpTQ

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