« 私が一番恐ろしいこと | トップページ | こんなに頑張っているのに »

2008年8月 2日 (土)

学校ができること

  真の学力は「生きる力」にあると言いました。「生きる力」を養うためには、子どもたちの生活に「ゆとり」と「体験」が必要だと言いました。そこで学習内容を削り、授業時数を削り、学校を五日制にし、「総合学習」を導入しました。あれからまだようやく6年経っただけです。今はどうでしょう。子どもの学力が低下した。授業時数を増やせ。できれば土曜日も子どもを学校へ行かせろ。総合学習は見直せ。まさに「振り子の理論」です。

  揺れ動くだけでなく、学校が抱える課題の数も増えました。地球温暖化が問題になれば、「環境教育」の必要が叫ばれます。子どもが登下校の途中で事件に巻き込まれれば「防犯教育」、交通事故に遭えば「交通安全教育」が必要になります。学校でいじめがあれば「こころの教育」、子どもの自殺が新聞の社会面に載れば「命の教育」が必要になります。ニートが社会問題になれば「キャリア教育」が叫ばれ、他人への中傷や出会い系サイトなど、携帯電話やインターネットの負の側面が問題になれば、「情報教育」や「サイバー犯罪防止教育」が必要になります。最近では中1ギャップが問題となり、「小中一貫教育」も出てきました。「食育」などという、これまで聞き慣れない教育や、子どもたちに投資や起業を教える教育も出てきました。「人権教育」や「国際理解教育」、「特別支援教育」などなど、も勿論あります。一つひとつの教育を取り出してみれば、みな必要で大事な教育かもしれません。でも学校はそれらを一度にはできません。全てを一度にやろうとすると学校はパンクします。既にパンクしています。

   国の考え方が揺れています。人々の考え方もフロート(漂流)しています。はっきりとこうだと自信をもって言い切るのが難しいことが増えてしまいました。この不安は、次々と増え続ける新しい課題のため、ますます増幅されます。学校はその中でもみくちゃにされています。学校はどうすればよいのでしょうか。これが絶対だと言い切ることが難しいものの中から苦しい選択を決断し、それぞれの学校や生徒の現状を睨みながら、数あるもののうちから優先順位を決め、一つずつ進めていくしか手はありません。
 「焦らず、たゆまず、一生懸命」です。

  しばらくは自由な立場から、学校の応援団に徹しようと思います。(19/13)

« 私が一番恐ろしいこと | トップページ | こんなに頑張っているのに »

教育・学校」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 学校ができること:

« 私が一番恐ろしいこと | トップページ | こんなに頑張っているのに »