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2009年4月

限りなくゼロに近い確率

  スペースシャトルは時速3万キロです。結構速い乗り物ですが、これに乗っても土星までは6年かかります。もし光速と同じスピードの乗り物があれば、土星よりもっと遠い、太陽系の一番果てにある冥王星でも、5時間半で行くことができます。太陽系から一番近い恒星(太陽のような星)だと、スペースシャトルなら20万年かかります。でも、光速ならわずか4年で行くことができます。1秒間に地球を7周半する速度ですから、流石に光は速いです。でもその光速でも、この宇宙の広大さには勝てません。私たちの銀河系と同じような銀河が、この宇宙には2,000億あるそうですが、すぐお隣の銀河(アンドロメダ星雲)でも、光速で230万年かかります。宇宙の果てまでなら、光速でも150億年かかります。時速3万キロのスペースシャトルだと、宇宙の果てまで150億年×50,000倍の年数がかかることになります。宇宙は気が遠くなるほど広大無限であることが分かります。

  この広大な宇宙のどこかに、地球と同じような環境をもった星があり、そしてそこには私たちと同じような、あるいはそれ以上の知性をもった生命が存在しているかもしれません。仮にその確率がわずか1千兆分の1としても、この宇宙には私たちと同じような生命が100億以上存在することになります。仮に100億あったとしても、その星と星との間があまりにも離れすぎていますので、生命がその間を渡って来るのがほとんど不可能なのでしょう。つまり、出会える確率は限りなくゼロに近いのです。こうしてお互いその存在に気づかぬままに、その種族とその星は、この宇宙での歴史を終えて姿を消していくのです。

  でも、ふと思いました。確率が限りなくゼロに近かったのは、私たち人類の存在そのものだったのではないかということを。ひょっとして私たち人類は、この宇宙そのものが全くの偶然に誕生したのと同様に、まったくの偶然の10の1千兆乗くらいの偶然の結果だったのかもしれません。人類以外の宇宙人が1種族でも見つかるなら、他にも多分無数にいるでしょう。でも本当にひょっとして、ひょっとすると、私たち人類はこの宇宙では全くの唯一の孤独な存在なのかもしれないと、ふと、そう思いました。

2009_04150003 (←高尾山若葉まつり H21.4.15)

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世間様は何処へ行った

   自分の子どもが何か悪さをした時、親は子どもを叱ります。昔の親だと、小言の最後のだめ押しは、「とにかくそんなことはしないでおくれ。親が世間(せけん)様から笑われるんだからね」、だったような気がします。すると子どもは、「そうか、親に恥をかかせちゃいけないんだな」と、何となく納得しました。

   笑いものにしたり後ろ指を指したりするような世間様が、本当にたくさんいたのかどうかは定かではありませんが、親にそう言わせるだけの、そして子どもにもある程度そう納得させるだけの世間様は、確かにいたのでしょう。世間様は、少なくともその子どもがどこの家の子どもかは知っていたようです。親の手にあまる子どもがいても、また、多少子どもの躾けに自信のない親がいても、世間様がある程度下支えをしてくれていた時代が確かにあったようです。

   この「世間」という言葉は、今風の「社会」とは少し違うようです。「世間」は「社会」よりもう少し範囲が狭く、限定された地域共同体であり、そこに暮らす人々の「生活」や「連帯」、「助け合い」をより意識させる言葉です。そして場合によっては、「世間の風」といった具合に、「厳しさ」も感じさせます。今は誰もが自分のことで手一杯で、他人に無関心になっていると言われます。また、共通の規範が失われつつあり、連帯感が持ちにくくなっているとも言われます。昔に比べ、「個人の自由」や「プライバシー」には配慮がされるようになりましたが、それらと表裏の関係にあるはずの「責任」や「連帯」が、少し見えにくくなっています。それに伴って、「世間様」も久しく姿を見せなくなってしまいました。何処へ行ったのでしょう。

            

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どこか似ている

  ロシアとの北方領土の返還交渉でも、また中国との尖閣諸島の領有をめぐるやりとりでも、日本は常に押されている立場です。北方領土はもちろんのこと、尖閣諸島だって多分日本の主張の方に合理性があると私は想像しています。でも、既成事実をどんどんと積み重ねられた結果、交渉のスタート位置が既に日本に不利な状況になってしまっているようです。挙げ句には、「半分だけでも返してもらうこと」で妥協を強いられたり、勝手に開発工事を一方的に進めること自体がおかしいのに、「工事を一時中断してもらうだけのこと」に、見返りや譲歩を求められかねない有様です。北朝鮮に不法に拉致された日本人は帰国させるのが当たり前のはずですが、これだっていざとなれば、何らかの代償を求められるでしょう。できるだけ事を荒立てず、互譲の精神で万事を丸く収めようとする傾向の日本人にとって、外国との交渉事はどうも苦手なようです。日本国内ではお得意の「玉虫色の決着」も、もちろんここでは通用しません。

 日本人は外国人にどう思われているかをとても気にします。アメリカに、Show  the flag! などと言われると、途端にうろたえてしまいます。ソマリア沖に軍隊を出していない主要国は日本だけ、などと言われると、きまり悪く感じてなんとかしなきゃと焦ります。長期的な戦略に欠け、その場しのぎの状況判断に頼るばかりですから、強く脅されると周章狼狽、右顧左眄し、それでもなるべく敵は作らずに八方美人でいたいので、旗幟鮮明は極力避けようとします。日本人のこうした特性を、特にアメリカはよく理解していますので、彼らにとって日本を揺さぶるのはいとも簡単です。

 議論に弱く、「攻め」よりも「守り」に入る。文句を言われてばかりなのに、敵は作りたくない「八方美人」。進んで責任を負おうとする気概に乏しく、前例踏襲の無難を好む。わずかな武器は、「工夫」と「努力」と「勤勉」か。こう並べると、ひ弱で気の毒な日本の姿が浮かんできますが、同時にその姿は、我が家の鏡の向こうに見える人物の特性と、実によく似ていることにも気づいてしまいました。自然災害や周囲の障害とも共存しながら、調和と忍耐で生き抜いてきた農耕民族の血が、私の中にも脈々と受け継いで流れているのでしょう。川端康成は、「美しい日本の私」を書きました。私ならさしずめ、「可哀相な日本と私」となるでしょう。             

2009_04090022 (←近所の桜 H21.4.9)  *クリックすると大きくなります。

     桜舞う ためらいもなし 春の風 

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寅さんが生きていたなら

  強面で周囲に攻撃的で、態度も尊大な人がいます。でもそういう人に限って、内心はナイーブで、意外と傷つきやすい面を隠し持っています。尊大な態度が、実は自身の傷つきやすい側面をカバーする鎧になっているわけです。反対に、自分の弱さを敢えて他人に披瀝する人もいます。謙遜の場合もありますが、他人の攻撃が自分の身に及ばないようにしようとする意図が、無意識のうちに働いているのかもしれません。自分の弱味を敢えて見せることが、彼にとってのやはり一種の鎧になっているわけです。私はどちらかというとこのタイプだと思います。

  このどちらでもない人が、本当に強い人なのでしょうか。強いふりなどしない人。そして、自分の弱さを自覚しながらも、それを滅多に表に出さない人。いるかもしれませんが、なんか面白くなさそうな人です。ちょっと嫌味な奴という印象を人に与えてしまうかもしれません。

  このどれにも当てはまらない人を考えていたら、寅さんに思い当たりました。寅さんは尊大でもなければ、自分の弱さを売り物にもしません。それでいて、寅さんの弱さはバレバレです。寅さんは人との関係づくりが苦手です。時々それが嫌になり、面倒になってきっと旅に出るのでしょう。旅が寅さんの鎧です。でも寅さんは寂しがり屋ですから、直ぐに人恋しくなります。旅先で女の人を好きになったりはしょっちゅうで、時々実家にもふらっと帰ってきます。でも長続きせず、また旅に出ます。寅さんの恋は実りませんが、あれは寅さんが振られたわけではなく、実は寅さんが女の人を振っているのです。寅さんは自分が傷つくことも、相手を傷つけることも恐れているのでしょう。寅さんは、悲しいほどまでに優しすぎる人だと思います。

  かの国の金正日さんは、寅さん映画の大ファンだそうです。寅さんはきっと、あの頑なな将軍様の心さえも解かしてしまう魅力を持っていたのでしょう。どうして日本政府は、寅さんをかの国への特別親善大使に任命しなかったのでしょう。「金さん、それを言っちゃあ、おしめえよ」と、将軍様をきっと優しく諭してくれたに違いありません。惜しいことをしたものです。

2009_04040038

(←長津田「子どもの国」の夜桜 H21.4.3)

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