他人の不幸は蜜の味
人間が持つこうした感情については、脳科学的にも実証されているそうです。人類の祖先がまだまとまりのある集団として生活を始める以前の、それこそ一人ひとりが、毎日死ぬか生きるかの生存競争が激しかった時代にあっては、家族以外の他人のダメージは、こちらが生き残るチャンスの拡大につながったでしょう。容易に想像できることです。脳幹の奥深いところに、その頃の人類の経験と記憶が、今の私たちにもしっかりと刻み込まれて残っているのではないでしょうか。
相手が自分よりもともと弱い立場の場合は、競争相手にはなりません。ですから、相手がダメージを受けても、こちらは同情は感じても蜜の味は普通感じません。自分より強い立場にあると思われる他人がダメージを受けた場合に、特に蜜の味を強く感じるようです。例えば、政治家や高級官僚のような社会的地位の高い人、お金持ちの人、周りからちやほやされることの多い有名人などは、普段私たちが見上げる存在であり、時に私たちの羨望や嫉妬の対象にもなります。ですから、彼らが何か社会的ダメージを受けるような事態に陥ると、そのことに私たちは強い興味と関心を示します。もしそのダメージが犯罪絡みだったりすれば、この興味関心は更に高まります。
もともと読者の興味関心の根っこに嫉妬が隠れていることは、マスコミもとうに承知しています。それに迎合し、読者の喝采と販売部数の拡大をあてにしながら、特集を組んでこぞって記事を書き立てます。有名人ならプライバシーはありません。悪や不正なら、それを糾すのはマスコミの使命です。マスコミは正義の味方になって怖いものなしです。その記事を読んだ読者も、正義の味方になったつもりで悲憤慷慨します。嫉妬はしばしば正義の仮面をかぶるのです。
正直に言いますが、私もそういう記事には興味があります。権力者やお金持ちや有名人も、けっして楽ではありません。
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コメント
マリーナさんへ
コメント、有り難うございます。
そう言えば、新聞社のトップにも、政局がらみでよく顔を出す人がいますね。なんだか胡散臭い感じです。
くりりん
投稿: くりりん | 2009年6月15日 (月) 08時46分
過去の社会環境下での行動が遺伝子として残り、それが現在の人類の行動にまで影響を与えているというのは聴いたことがあります。
マスコミが販売部数や視聴率を競うため、読者・視聴者迎合の記事を作っている間はまだ平和でいいです。
マスコミが世論を形成するために動き出した時は要注意です。
投稿: マリーナ | 2009年6月15日 (月) 07時25分