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2009年11月20日 (金)

大丈夫か、学校

  学校の守備範囲がどんどん広がっています。「地域に開かれた学校づくり」、「町とともに歩む学校づくり」と言ったスローガンを背景に、お祭りなど様々な地域行事に生徒会や吹奏楽部の子どもがボランティアとして土日に動員され、その引率のために教員もついていきます。もちろん授業等があるため、教員には代休はまず取れません。管理職の休日出勤は、少ない人でも年間50日は超えるでしょう。中高の場合は、土日の部活動の試合の応援が更に加わります。ちなみに、教員には休憩時間(昼休み)や休息時間がありません。制度的にはありますが、特に小中学校の場合、子どもが学校にいる時間帯にそうした休み時間が取れるわけがないのです。昔はこうした教員の特殊な勤務実態に対する補完措置がありました。今もかすかにありますが、機能はしていません。もっぱら教員のサービス精神に頼っているのが実情です。

  学校が抱える事務量も随分と増えました。子どもの成績を評価する評価方法一つにしても、今の絶対評価は昔の相対評価に比べて、その数倍、事務作業に手間と時間がかかります。しかもなぜその評価結果なのかということの詳しい説明を、子どもにも保護者にも求められます。予想よりも低い評価をもらった子どもや保護者からの苦情にも、学校は懇切丁寧に対応しなければなりません。成績に限らず、保護者からの苦情への対応(説明)は、今や学校が割くエネルギーのかなりの部分を占めています。

  学校はマニフェストを公表して、子どもの学習や生活について、達成しようとする目標を保護者と地域に明示します。そして年度末にその達成度を自己評価したり、外部機関に評価してもらいます。その評価結果も公表します。全国学力テストの結果の公表もその一つです。保護者が公立学校を自由に選択できる「学校選択制」が徐々に導入されていますので、成果の乏しい学校はやがて淘汰されることになります。

  管理職を始め、全ての教員は人事評価を受けます。その結果は、給与や賞与に反映されます。「そんなの民間では当たり前」の批判と風潮の中で、学校現場に競争原理が持ち込まれました。今や教員の仕事は、説明と成果を求められるサービス業となりつつあります。その職を自ら降りたいと希望する学校管理職が増えています。心の病にかかる教員数も毎年記録を更新しています。過度の成果主義に民間ではそろそろ反省の声も出てきましたが、いつも少し遅れる教育現場には、今その嵐が吹き荒れているところです。

<参考>
「振り子の理論」2009.7.31
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-1892.html
「守るべきものは何なのか」2010.10.1
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-d05c.html

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コメント

マリーナさんへ

コメント、有り難うございます。
「大事な資質は業務遂行能力ではなく、優れた人格・人間性」というのは、どういう業界でもきっと同じなんですね。ましてや教育には、数値には表せない成果もあることは自明なのに、目に見える成果のみを求めすぎているような気がします。成果を評価したり評価されたりの多忙の中で、教師が子どもと直接向き合う時間がどんどんなくなっていることこそが問題だと思います。    くりりん

学校の先生も大変なんですね。
学校って何だろう、先生って何だろう、教育って何だろ。一度原点に立ち返って国民全てが考えてみる必要がありますね。くだらないクイズ番組や大食い番組ばかりでなく、たまにはこのようなテーマをテレビの特番で採り上げて欲しいものです。

それにしても管理職先生というのはどのような立場の先生なのでしょうか。マクドナルドの店長のように「名ばかり管理職」ではないのですか。

過度な成果主義は確かに反省すべきですが、民間企業では人事評価している管理職の資質そのものによる弊害の方が大問題だと思います。管理職が備えるべき一番の資質は業務遂行能力ではなく、優れた人格・人間性です。これが分かってない経営者が多すぎます。このような会社は必ず淘汰されます。

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