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2010年11月12日 (金)

負の連鎖

  もうふた昔以上も前になりますが、中学生の一部にシンナー遊びが流行したことがありました。ある時、シンナーがやめられない生徒を呼んで、私は強い口調でこう叱りました。「どうしてそんなことをやるんだ!」その生徒は答えました。「俺達だって嫌なことが毎日いっぱいあるんだよ。先生達だって嫌なことがある時は酒を飲むだろ。」

  ほとんど自分の責任ではないところに、厳しい背景を抱えた子どもたちがいます。その背景は例えば、経済的な困窮や家庭内の不和等です。こうした厳しい背景を抱えながらも、健気に頑張っている子どももたくさんいる一方、学校で問題を起こす子どもの大半が、こうした厳しい背景を抱えていることもまた事実です。家庭内で満たされない気持ちや鬱憤が、学校の中で教師への反抗や弱い者いじめとなり、あるいは薬物への逃避に向かいます。

  児童虐待が新聞、テレビでニュースになります。実の親に虐待され、中には死に至る子どももいます。鬼のような親であることは事実ですが、そうした親の大半もやはり厳しい背景を抱え、実は小さい頃は似たような境遇で、自分がやったのと同じように親から育てられた経験を持っています。同じような境遇を背景に同じような子育てがされ、その結果子どもの非行や親からの虐待が同じように繰り返されます。負の連鎖です。

<参考>
「罪はその人だけの責任か」2009.3.20

http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-8a38.html
「我が子を虐待死させる親も暗闇を抱えている」2017.6.9
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-ed1a.html

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教育・学校」カテゴリの記事

コメント

マリーナさんへ
コメント、ありがとうございます。
学校は教えるだけで精一杯(それすら満足にいかない)ですから、難しいですね。大人が子どもに示すべき、拠ってたつべき価値観も、もうバラバラですから。本来は宗教の出番なのかもしれません。  くりりん

確かに負の連鎖ということなんでしょうけど、となるとこれを断ち切るにはどうしたらいいのでしょうか。放置していたら不幸は繰り返されてしまうことになります。学校教育では、学問よりも人間教育にもっと重点を置くべきなんでしょうね。教育ママが納得しないでしょうけど。

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