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2012年7月13日 (金)

言うほどには簡単にいかない(その1)

 窓ガラスをモップでたたき割る。4階の窓から机やイスを外へ放り投げる。トイレの扉や便器を破壊し、便器にトイレットペーパーを詰め込んで使用不能にする。消火器の中身を教室や廊下にぶちまける。壁にスプレーで落書きをする。放送室を占拠して勝手な放送を流す。階段の踊り場で車座になって缶ビールで酒盛りをする。廊下を自転車で走る。集団で授業エスケープをして、廊下で騒いで授業を妨害する、授業中の教室に乱入する。注意する教師にツバを吐きかけたり、大勢で取り囲んで袋叩きにする。夏の夜、学校に忍び込んでプールで泳ぐ、タバコの吸い殻やビンの破片をプールに投げ込む。近隣の公共施設を汚す、壊す、公園で深夜に騒ぐ、集団で万引きをする。修学旅行の旅館を集団で脱走して、深夜の京都の街へ繰り出す。近隣他校へ押しかけて学校間抗争を引き起こす。これでもかこれでもかといっぱい書きました。全部が一校で起きた出来事ではありませんが、いずれもかつて中学校で私が経験したことです。

 如何なる場合においても教師は児童生徒に体罰を行ってはならない、学校教育法第11条にそう書いてあります。体罰の禁止です。体罰では子どもに正常な倫理観を養うことはできない、力による解決への志向を子どもに助長させる、からです。その通りだと思います。一方で教師には、教育上の配慮のもとに行われる限りにおいては、状況に応じて一定限度内の有形力の行使が許容され、これは体罰とはみなされません。

 とは言っても、集団で現に暴れている生徒を目の前にして、その場に臨んだ教師が「教育上の配慮」とか「一定の限度内」で行動するのにはかなりの無理があります。教師が自衛のために力を行使したはずみで生徒にケガをさせれば、暴力は指導の放棄だ指導力の欠如の現れだ、と途端に非難されてしまいます。暴力をふるった教師とケガをした生徒、ここだけがまな板に乗せられ、そこに行き着くまでどんな背景やどんな事情があったとしてもそれは無視され、その教師と学校はマスコミに袋叩きにされます。結果、有形力の行使に教師はかなり慎重にならざるを得ないことになります。(その2へ続く)
(今回の「あまだれ」はポタ・ポタと2滴になりました)

<参考>                                                      
「学校は自衛隊に似ています」2008.10.18

http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4362.html
「昔、生徒指導は5分で済みました」2009.1.10
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-4543.html

<今日のメロディー>
「asahi-wa-noborinu.mid」をダウンロード 朝日は昇りぬ

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