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2012年8月10日 (金)

私は学校の味方です(その2)

(その1から続く)
 表には出てこない(出てきにくい)部分にも目を向ける必要があります。  被害者と加害者双方の家庭的背景(家庭環境や生育歴など)、被害者と加害者双方の性向(性格の偏りや病的傾向など)。学校がなかなか公表できないこうしたものが、いじめの裏側で複雑に絡んでいる場合があります。いじめられる子の、とりわけ自殺に至るほどの子どもの孤独感や不安感は計り知れません。その一方で、いじめっ子にも強い不安が背景にあります。他人をいじめないではいられない子どもの抱える不安、他人をいじめることに満足と快感を覚える子どもの病根、これも計り知れません。座標軸が明確ではない社会の中で、大人たちの将来への不安が増大しています。学校は社会の縮図です。不安や心の病を抱える子どもも激増しています。日常の校務に既にして疲弊しきっている教師は、不安と心の病を抱えた保護者にも対応しなければなりません。子どものみならずその保護者や教師へも、メンタル面のサポート体制を今以上に強化させる必要があると思います。

 いじめ事件の処理が学校で難しい理由のいくつかを挙げましたが、「できない理由の大天才」になってはいけません。そもそもいじめがない学校、いじめはあってもそれが事件にまで発展しないよう手が打てる学校、不幸にしていじめ事件が発生してもそれをきちんと事後処理できる学校、こうした学校もあるわけですから、学校の責任が常に問われるのは当然のことです。

 その1で述べた通り、いじめ事件で学校がもっとも苦慮するのは、実は加害者側への対応の難しさです。とは言え、悪質ないじめ事件が発生した場合には積極的に事件化して、子どもの加害行為についても教育の場だからといって特別扱いしないことが大切です。そして毅然と対応した学校を、教育の放棄などと批判しないことです。できれば司法の場で、学校や教育委員会の不手際も含め事実関係をしっかりと解明し、いじめを生む背景をも含めて認識理解する必要があります。

 個々の事情は様々ですが、一般的に学校が置かれている難しい立場の一部を説明して学校の味方を試みました。もっとも、味方をすると言っても私のブログは読者が少ないので、何の足しにもなりませんが。

「akai-kutsu.mp3」をダウンロード 赤い靴♪

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「赤い靴の女の子」の像
(山下公園)H24.8.3

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下の写真は私の好きな構図
(観光船「マリーンシャトル」より)
H24.8.3

 

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教育・学校」カテゴリの記事

コメント

マリーナさんへ
コメント、ありがとうございます。
「言い訳しない」「隠さない」、確かにこの二つは大事です。情報を出さなくて、後で情報隠しや隠蔽と言われるよりも、情報を出し過ぎて、個人情報保護や人権を問われる方がまだマシです。当事者になるとなかなか難しいことではありますが。   くりりん

いじめ問題に限らず、最近は「学校はどうなってるんだ、先生はなにやってるんだ、教育委員会は機能してるのか」といった声が、マスコミを通じて伝わってきます。そのたびに苦悩している教育現場の方々の姿が目に浮かびます。大半の先生方はこの問題に熱心に取り組んでいることでしょうが、どうしても踏み込んで行けない複雑な事情を抱えていて、もどかしい思いで、それらの批判に耐えていることと思います。昔は軍隊でも、今は会社でも国会でもいじめは常態化してます。いじめを完全に撲滅することは無理なんでしょうから、いち早くいじめを発見し、学校は毅然たる対応をとるべきです。それは教育の放棄ではありません。言い訳したり、放置したり、隠蔽したりするから教育の放棄との批判を受けるのだと思います。ちょっと学校の味方をしてみました。

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