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2014年6月13日 (金)

制服文化と稲作文化

 「みんなが同じ服装をしているのは異様に見える」。昔ある帰国子女の転校生が、アメリカから日本に帰国して私の中学校へ転入してきた時の発言です。転校生のその一言に、私はその時軽い驚きと反発を覚えたのを記憶しています。日本の文化が否定されたように感じたのかも知れません。その時既に制服はブレザーでしたが、カラーとホックで首が締め付けられる詰め襟でしたら、その転校生は恐らくもっと違和感を感じたでしょう。

 日本のほとんどの中学校には制服があります。制服と呼ぶと細かいところまで規制しているように受け取られるため、標準服と言い換えている学校も多いと思います。標準服でも服装のきまりがありますが、目立ちたい盛りの子どもたちは何とかしてそのきまりの枠を越えようと努力します。今は短いスカートが流行りですが、昔は目立ちたい突っ張りたい女の子は長めのスカートを好んだ時代もありました。男の子は「ボンタン」「短ラン」と呼ばれる変形ズボンや上着で目立とうと努力しました。標準ではないことで、親や教師の大人たちの言いなりにはならないぞ、という気概を示そうとしたのかもしれません。

 親や教師の大半は子どもたちが標準であることを望みます。変形の学生服を学校からなんとか取り除こうと努力します。制服には平等と安心の良さがあり、親からも一定の支持を得ていますが、指導が余りに行き過ぎると、標準に揃える同調文化と言えなくもありません。目立ちたい盛りの子どもたちの目には、それが強要や束縛や抑圧と映ります。        
 

 田んぼの風景を見て思いました。田植えは一斉作業で皆が同じラインで並んで作業し、予め決められたところへ苗を置いていきます。植えられた苗は列を作って成長し、通常は一斉に同じように伸びていきます。育ちが悪い苗は間引かれ、雑草は抜かれます。田んぼの風景は調和と同調です。多様性は認められません。みんなが同じであることに安心と喜びを感じる文化、異分子を排除しようとする文化という点で、制服は稲作とよく似ていることに気づきました。   

<参考>
「指導と自主性」2009.9.11

http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-5585.html
「学校はいつも悩みます」2012.6.8
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-4157.html

<今日のメロディー>
「teruteru-bouzu.mid」をダウンロード てるてる坊主♪

近所の須藤農園でジャガイモ掘りのお手伝い
2014.6.13

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コメント

マリーナさんへ
コメント、ありがとうございます。
とりわけ私立高校では、女子の制服のデザインにはとても配慮します。制服に人気がないと、女子が応募してこないからです。と言っても制服ですから、そんなに多様なデザインはできません。人気のあるデザインはどこも同じようなものになり、結局個性的ではなくなります。  くりりん

中高生たちは学校制服について、口を揃えて反発します。「個性が失われる」と。でも成人式の服装、就職試験面接時の服装、どれをとってもあんなに「個性」を叫んでいた姿はどこへ行ったのでしょうか。ひょっとすると彼らはこう反論するのかな。「学校制服を押し付けられて育ったから、こうなってしまった」と。
最近はAKBの影響もあって女子中高生の可愛い制服は人気があるようですが。

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