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2014年10月24日 (金)

本人の努力はもちろん必要だが

 経済的に貧しい家庭に生まれたため、あるいは、先天的な障害を持って生まれたため、チャンスに恵まれない子どもがいます。幼少時に親からきちんとした躾を受けず、時には親から虐待を受けて育ったため、大人になっても他人との関わり方を知らずに人間関係で躓く人もいます。たまたま生まれ育った境遇や環境により、その人のその後の人生のかなりの部分が決められてしまいます。つまり、その人の人生のかなりの部分は本人の責任ではないところに起因している、ということになります。

 貧しい家に生まれ学校もろくに通えない中、苦学を重ねてアメリカ第16代大統領になったリンカーン。今の日本にも、9歳で突然父親を亡くし新聞配達をしながら奨学金をもらって高校大学を卒業して、末は文部科学大臣にまでなった人もいるようです。三重苦のヘレン・ケラーや五体不満足の乙武さんも、意志と努力でそのハンデを立派に克服しました。貧乏でも身体に障害を抱えていても、人の10倍20倍懸命に努力して陽の当たる場所に出て大成する人もいます。が、その割合は残念ながら少ないでしょう。他の大部分は、その努力する機会すらも与えられなかったのです。報われる可能性がないと思い込んでいたため、努力することを思いつきすらしなかったのです。

 努力や能力の有無の前段階で、チャンスさえ与えられない状況は極めて残念です。どんな家庭に生まれた子どもも、どんなハンデを持って生まれた子どもでも、なるべく同等のチャンスが与えられるような社会的仕組み(社会的環境)が必要です。これは政治家の仕事です。もう一つ、恵まれない彼らに必要なことがあります。それは身近で支援してくれる人の存在です。本人の並々ならぬ努力も必要だと思いますが、そもそも本人を努力しようという気にさせるだけの、身近で支援してくれる人の存在も大きいのではないでしょうか。親の支援は個人的環境としてもっとも当てにできるものですが、親以外の身近な支援者助言者がいるかどうかが最大のポイントのような気がします。学校の先生の出番です。
                                 
<参考>
「罪はその人だけの責任か」2009.3.20
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-8a38.html
「虐待の連鎖」2016.1.29
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-f0a1.html

<今日のメロディー>
http://youtu.be/e2vkuDPLqYo 里の秋♪

コスモスの追分市民の森 2014.10.24
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コメント

マリーナさんへ
コメント、ありがとうございます。
「うちわ」問題で~以降の文章は全くその通りです。
有権者よりも国民に目を向けた政治、全くその通りです。
くりりん

リンカーン、ヘレン・ケラー、乙武各氏のケースは極稀なケースで、恵まれない環境で育った大半の人たちは、一生恵まれない人生を送ると思うと、なんだかやるせなさを感じます。身近の支援者助言者が居ることは大事なことですね。あとは社会の仕組みそのものもよく考えなければいけません。それは政治家の仕事です。「うちわ」問題でうちわ揉めしているそのパワーをもっと国民(彼らからは有権者としか見えてない民)に目を向けた政治に使って欲しいものです。

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