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2015年12月 4日 (金)

学校の生活指導の責任はどこまでか

 うちの学校の生徒たちが下校途中、駐車してあった車に傷をつけたようです。車の持ち主から、どうしてくれるんだと、学校へクレームがつけられました。当該生徒たちに事情を聴きましたが、はっきりしたことが分かりません。その事情をそのまま車の持ち主に返しましたが、彼は納得しません。現場を見ていないがその時車の近くにいたおたくの生徒がやったに違いない、と怒りながら主張します。現役時代の私の経験です。

 車の持ち主は、当該生徒たち個々と話し合うのは面倒で手間暇もかかる、と思ったのでしょう。学校が間に入ることを要求します。生徒も生徒の保護者も、直接車の持ち主と接触することは気が進まないようでした。双方が学校をクッションにしたいと考えました。やむなく、学校職員が立ち会いのもと、車の持ち主と当該生徒たち及びその保護者の話し合いが学校で持たれました。

 三者の会合で、生徒に肩を持った私の不用意な一言もあり、話はこじれにこじれてしまいました。私は何度も車の持ち主の自宅を訪問し、その間の事情を説明しなければなりませんでした。終いには、車の持ち主はクレームを教育委員会に持ち込み、私は委員会に呼び出されて念書まで書かされました。

 諸外国の学校事情は詳しく分かりませんが、聞き及ぶ範囲では、外国ではこうした学校外の事件に学校は多分関与しないでしょう。私がとったような処理方法は、極めて日本的な学校文化だろうと思います。下校途中ではなく休日の出来事なら、私の処理方法も少し変わったかもしれません。が、たとえ下校途中であったとしても、外国なら、学校にその関与を求める発想自体が、車の持ち主にも生徒の保護者にもまずないだろうと思います。

 日本の学校では、生徒への生活指導の守備範囲が広すぎるのかもしれません。後で責任を問われる事態を恐れ、学校はなんでもかんでも抱え込みます。また、本来保護者がやるべきことまで保護者は学校へ押しつける傾向もあります。結果的に、生徒の登下校のことまでもが、学校の当然のサービスになります。従って何かあれば、それは学校の生活指導の枠内での、学校の当然の責任となります。

 私の不手際も確かにありましたが、いろいろ考えさせられた事件でした。

<参考>
「こんなに頑張っているのに」2008.8.9

http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_f72d.html

近所で 2015.11.28
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教育・学校」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
子どもは、家庭内のあらゆる課題を、自身の体で学校の場で表出してきます。それどころか、社会が抱える課題さえもが、かれらによって表出されます。これらの課題を、結果的に抱えることになってしまう学校の先生は大変です。どこかで境界線を引かないと、真面目な先生ほど苦しむことになります。 くりりん

古くて新しい問題ですね。後維新後、学校が政権の最前線で何でもかんでも引き受けさせられた、名残りですかね。
学校は勉強するところ、それ以外はご家庭でお願いします、と先生が言い切れなないですね。生徒指導以外にもあれこれ引き受けていますね。
道徳心の涵養。趣味の育成(部活動等)。精神科医の真似事(発達障害、自閉症等)。ソーシャルワーカー(諸問題を抱えた家庭への訪問)。これでは疲れないはずがないでしょうね。

マリーナさんへ
コメント、ありがとうございます。
会社員の私的な不祥事に対し、会社の幹部が会社の「日頃の指導の至らなさ」を謝罪会見して表明するのも、確かに変ですね。人々のストレス発散の矛先は、常に弱い(弱そうな)ところに向かいます。  くりりん

「家」より「藩」の長い時代が形成した文化なのでしょうかね。会社員でも何か事件を起こすと、私的なことでも「○○会社の××容疑者」とすぐ言われてしまい、会社の幹部が揃ってお詫び会見なんていう事態にまでなることがあります。
でも子供に問題があると「親のしつけはどうなってるんだ」「親の顔が見たい」なんていうことも言われます。
今回のブログのケースもそうですが、もめ事が起こった場合、個人(被害者)は個人(加害者)との直接的な接触を避けようとしますから、どうしても弱い立場の組織(学校)に矛先が向かってしまいます。
これってやはり極めて日本的なことなんでしょうね。

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