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2019年10月 7日 (月)

好きな者同士の班編制(その2)

私の経験では班編制の実施方法はいろいろありました。機械的(出席番号順や席順など)とか、男女の混合班とか、班人数を平均化しないやり方もありました。好きな者同士の班編制はその方法の一つでした。目的によって班編制のやり方を変えていたと思いますが、大半は好きな者同士だったと記憶しています。

好きな者同士の班編制のメリットを挙げるとすれば、担任主導ではなく、子どもたちの主体的な活動によって班編制をしていることがあります。その結果、以降の班活動に班員の結束が図れる狙いです。担任が、子ども同士の最新の人間関係を可視化できることもありました。デメリットは、結果的に寂しい思いをする子が出たり、やんちゃな子が班で固まる可能性もありました。

私は好きな者同士の班編制の結果を、どうも悪い方向にばかり目を向けていたようですが、そういうデメリットがいつも起こるとは限りません。好きな者同士の班編制で問題が生じた場合、あるいは問題が生じそうな傾向が事前に見える場合には、班編制のやり方という課題を子どもたちに投げかけて考えさせました。昼食時は、そのまま座席を横に向けて2列の席同士を左右正面お互いにくっつけて、顔合わせるようにして話しやすい雰囲気を作りました。

学校の方針として班編制のやり方を決めている学校は、多分ないと思います。担任自身がやり方を決めていると思います。結局のところ、班編制のやり方も、それで問題が生じた場合の解決も、最後は担任の力量如何となるような気がします。

他の担任がどういう方法で班編制をやっているのかは、現職当時はあまり気にとめていなかったことに気づきました。結局は、いずれの班編制も子ども同士の人間関係にぶち当たります。班編制のやり方は学級経営の鍵ともなるべきものです。釣りバカさんのコメントは、私に再び班編制のことを考えるきっかけを与えてくれました。感謝いたします。

2019年9月27日の記事は、2010年12月3日と12月10日の記事を編集して1本にまとめたものです。12月10日の記事を参照してください。

<参考>
「好きな者同士(続き)」2010.12.10
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-da36.html

<追伸>
業者によるパソコンの修理が終了して返却されました。ところが、その翌日にまた起動しません。サポートセンターに再度依頼することになりました。以前のパソコンを保管していましたので、それを再度取り付けてこのブログを書いています。やれやれです。

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コメント

ヨッキーさんへ
ヨッキーさんのコメントは出なかったですね。私のパソコンのせいだと思います。今は修理中です。今は古いパソコンを使用しています。  くりりん

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
神戸の事件はあまりにも酷いですね。あの事件を知った人は、教員の世界はみんなあの種類のもの、と思われる可能性があります。(なお、ここにはヨッキーさんのコメントが掲載されていませんが、メールで内容を知りました。私のコメントを出せば、ヨッキーさんのコメントも出るでしょう。) くりりん

釣りバカさんへ
私のコメントを掲載したら、釣りバカさんのコメントが出てきました。 くりりん

釣りバカさんへ
コメント、ありがとうございます。
「大切なことは先生たちがいつもこのようなことに問題意識を持っていただくことだと思ってます。また生徒たちにもこのような問題を考えさせる機会を与えることも先生の役割だと思います。」とありましたが、まったくその通りだと思います。私は現職中は、やんちゃで問題を起こす子、リーダーシップのある子、それとポツンと一人でいる子に、特に目を向けていました。逆に、普通の子(言い方は変ですが)には全く意識がありませんでした。その普通の子も真剣にその都度何かを考えていましたが、それに配慮しませんでした。まったく眼中になく見過ごしていたと思います。これがわたしの反省です。
(なお、メールでは釣りバカさんのコメント内容が判明しましたが、ここには内容が掲載されていませんでした。パソコンの故障の影響かな?)

先生たちもこの問題には苦悩してるんでしょうね。私は鎌倉を良く散策しますが、遠足か修学旅行かわかりませんが、最近は生徒たちがグループで行動しているのを良く見かけます。そんな時いつも気になるのがポツンと一人取り残されている子がいないかどうかです。近くに保育園があります。幼児たちが楽しそうにワアワア叫びながら、遊んでます。そんな時にポツンと一人で集団から離れて遊んでいる子がいます。案外当人はそれでなんとも感じていないのかもしれませんが、そんな姿を見ると可哀そうでたまりません。
どうしたらいいのかベストな方策はないかもしれませんが、大切なことは先生たちがいつもこのようなことに問題意識を持っていただくことだと思ってます。
また生徒たちにもこのような問題を考えさせる機会を与えることも先生の役割だと思います。

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