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2020年1月

2020年1月31日 (金)

あいつのせいに違いない、と彼が思い込むのはなぜ(トランプさんの頭のなか)

現状に不満を持っている人の大半は、それは自分のせいだと認めたくはありません。認めれば自己嫌悪と自己否定に陥るからです。自らが傷つくのを避けるために、無意識のうちにこうなっているのはあいつのせいだと責任転嫁します。自分は被害者であることを自分に思い込ませるために、加害者をわざわざこしらえるのです。

不満や不安の原因をあれこれ探します。原因はこれだと見つけて、とりあえずは安心したいのです。自分がこしらえた加害者を攻撃する人もいます。攻撃的な人ほど不満や不安でいっぱいです。これらを解消するために、批判の目を自分よりも他人に向けるのです。

トランプさんの頭の中も不満や不安でいっぱいです。欧州は、中国は、日本は、長いあいだ米国を利用してきた、米国は損ばかりしてきた、と考えています。だから、欧州を、中国を、日本を、貿易面で責め立てています。米軍駐留経費でも不満を持っています。だから、韓国や日本にもっと駐留経費を増額しろと責め立てています。メキシコから移民が大量に押し寄せてきて米国民は職を奪われている、米国は損ばかりしている、と考えます。こうなっているのは他国のせいだと自分で思い込みたい、米国民に思い込ませたいのです。アメリカファーストが彼の決めゼリフです。

トランプさんの支持基盤の核は、不満や不安を持った人たちです。だから彼はことさら国民の不満や不安を煽っています。不満や不安は容易になくなりません。彼の固い支持基盤はなかなか崩せないでしょう。

こんな人でも大統領になれるなんて、アメリカの弱みと強みを併せて彼は体現しているようです。

紅梅が咲いています(三保市民の森)2020.1.30
P1050439

2020年1月29日 (水)

「こころ」編 バックナンバー

「こころ」編 バックナンバー(2008年6月15日~2018年6月1日まで)

番号  掲載年月日    タイトル
22 平成20年(2008年)12月28日 「今」を見つめ直す
29 平成21年(2009年) 2月 6日  夢
42    5月 8日  よかった探し
56    8月14日  命の連鎖
59  9月 4日  幸せは何処にある
67 10月30日  そこら中に「不安」
86 平成22年(2010年)3月12日 脳は最後に何をしてくれるか
92  4月23日  プライド、この厄介なもの
106  7月30日  「いのち」はひとつ
109    8月20日  砂粒の数、星の数
118 10月22日  この時代の、この場所の、この私を受け持った私 
122 11月19日  本当は寂しい人
175 平成23年(2011年)11月25日 「不安」が夢の中で目を覚ます
192 平成24年(2012年) 3月23日  震える心
220  9月28日  生命の本質人間の本質
227 11月16日  フランダースの犬(副題:私たちはなぜ敗者に心を動かされるのか) 
256 平成25年(2013年) 6月 7日 青い鳥は籠の中
274 10月11日  人間は難しい生き物
297 平成26年(2014年) 3月21日  悩むのはなぜ?怒るのはなぜ?
299    4月 4日  妻の赤は私の青だった  
335 12月12日  美は見る人の目にある(ミステリー・ゾーンの世界から) 
339 平成27年(2015年) 1月 9日 睡眠中確かに脳は何かやってる
341  1月23日  私たちは実は騙されたいのです
342  1月30日  攻撃の裏側にはコンプレックス
356  5月 8日  この夢は変だ、と思わないのはなぜか
365  7月10日  私たちは見たいものだけを見る、見たいものだけが見える 
373  9月 4日  悩みに対処する「人間関係学」を学校の必須にできないか 
376  9月25日  直視したくないものを避けて通る二つの方法
378 10月 9日  ただひたすら黙って聞いてあげる、それが一番
379 10月16日  認知的不協和理論(酸っぱいブドウの理論)
393 平成28年(2016年) 1月22日 心は理解できてもコントロールはできない
396  2月12日  心のバランスを求めて
408  5月 6日  変えられない「原因」に逃げ込まず、変えられる「目的」を考える 
409  5月13日  「心のメガネ」を掛け替える
410  5月20日  「心のメガネ」を掛け替える・その2
417  7月 8日  人生をより楽に生きていくために
428  9月23日  隠せないものそれは自己防衛
445 平成29年(2017年) 1月20日  全ての争いは認識の違いから、だから共同体感覚 
458  4月21日  課題の分離(嫌われる勇気)
461  5月12日  心の辻褄合わせ
474  8月11日  理想の自分と現実の自分とのバランスに苦しむ 
482 10月 6日  症状は、不安の真実を覆い隠すために生まれてくる 
490 12月 1日  心の悩みの解決はこれではないかと思っている 
501 平成30年(2018年) 2月16日  人はみな自分の人生と格闘している、そのうちに人生を終える 
503  3月 2日  偏見が偏見を笑う(目くそ鼻くそを笑う)
504  3月 9日  日本人の深層心理
512  5月   4日  こころの花粉症
514  5月18日  「そのままでいいんだ」、これが私の回答です

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2020年1月28日 (火)

「宇宙・SF」編 バックナンバー

「宇宙・SF」編 バックナンバー(2008年6月15日~2018年6月1日まで)

番号  掲載年月日   タイトル 
3  平成20年(2008年) 6月28日  タイムマシン
4   7月 5日   ミステリー・ゾーン
23 平成21年(2009年)1月  3日  宇宙人と出会う確率
36  3月27日 「私」は宇宙を支配する
40  4月24日  限りなくゼロに近い確率
48  6月19日  終わりの時、始まりの時
62  9月25日  星に還る
63 10月 2日  支配者の論理
71 11月27日  絶対均衡
87 平成22年(2010年) 3月19日  あなた、知ってた?お隣の田中さんのご主人、ロボットだったんですってよ
106  7月30日  「いのち」はひとつ
107  8月 6日  人類が次に進化するのはいつか
109  8月20日  砂粒の数、星の数
110  8月27日  辿り着く果てに在るのは
156 平成23年(2011年) 7月15日  異星人に何を尋ねるか
157  7月22日  異星人がやって来たとき心配なこと
158  7月29日  神の一撃
167  9月30日  最終ランナーの悲劇
173 11月11日  限りある命は神の瑕疵か
186 平成24年(2012年)2月10日  のどもと過ぎればうんこの旅
197  4月27日  止まっているものは何ひとつない
200  5月18日  イルカに訊け
201  5月25日  モーツァルトでトマトを甘くできるなら
204  6月15日  そうなっているのには必ず理由(わけ)がある、と想像する
218  9月14日  なぜヒトのみが突出しているのか
233 12月28日  待ち遠しいロボット
235 平成25年(2013年)1月11日  細菌も人も星も
250  4月26日  ロボットのもうひとつの未来
253  5月17日  私たちをはるかに超えた存在が
254  5月24日  シュレディンガーの猫
259  6月28日  存在と無の境目
263  7月26日  もうひとつの知性が働いているのかも
267  8月23日  まだ起こってもいない「それ」はいつ起きるのか。未だに起きている「これ」はいつ終わるのか
283 12月13日  他の生き物は私たちをどう思っているのか  
289 平成26年(2014年)1月24日  全てはループしている  
290  1月31日  コンピュータHAL9000の苦悩
299  4月 4日  妻の赤は私の青だった
300  4月11日  埋葬は知性のメルクマール
322  9月12日  月はそれを見ない時には存在しない
327 10月17日  どうしてもう一種いないのか
335 12月12日  美は見る人の目にある(ミステリー・ゾーンの世界から)
339 平成27年(2015年)1月 9日  睡眠中確かに脳は何かやってる
340  1月16日  気を失って解ったこと
353  4月17日  死んだ人は自分が死んだことに気がついていない、だろう
370  8月14日  「お掃除ロボ」があるなら「お政治ロボ」だってできるだろ
377 10月 2日  地球の免疫力を高める
390 平成28年(2016年)1月 1日  この世は一瞬と永遠に挟まれた極めて特異な時間
413  6月10日  すべては不均衡から生まれた
416  7月 1日  私もオバマさんもネズミから始まったがこの先は
426  9月   9日  存在は変化と均衡を同時に目指す(流動均衡)
452 平成29年(2017年)3月10日  違っていれば誰かが生き残る
459  4月28日    地球外知的生命体探査(どうして見つからないのか)
469  7月   7日    死んだお祖父ちゃんがAIロボットになって孫と遊ぶ
491 12月   8日  死とは何なのか、を考えてみた
495 平成30年(2018年)1月 5日  想像できることは実行できること(1万年後の世界)

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「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー

「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー(2008年6月15日~2018年6月1日まで)

番号  掲載年月日   タイトル
13 平成20年(2008年)9月 6日  私のゴールデンタイム
14  9月13日 「あっという間」に敬老の日
18 10月11日 定年後の苦楽
61 平成21年(2009年)9月18日  2027年問題
78 平成22年(2010年)1月15日  お寺さんは幼老院
83  2月19日  面白うて、やがて悲しき
102  7月 2日  お葬式とお墓はどうしようか
128 12月31日  ヒトの時間
134 平成23年(2011年) 2月11日  税務署の徴税能力はどれくらいですか
148  5月20日  オールドブラックジョー
160  8月12日  今書いておかないときっと忘れる
163  9月 2日  たちまち太郎はおじいさん
193 平成24年(2012年) 3月30日  粗大ゴミになる前に(もうひとつの都市鉱山)
228 11月23日  死ねなくなる時代   
251 平成25年(2013年) 5月 3日  墓石は語りかける
256  6月 7日  青い鳥は籠の中
258  6月21日  そろそろ片付け開始  
269  9月 6日  この人誰だっけ     
274 10月11日  人間は難しい生き物
292 平成26年(2014年) 2月13日  2060年問題(46年後の責任なら問える)
302  4月25日  認知症の行方不明者年間1万人の時代
303  5月 2日  シルバー代理店のシルバープランナー
324  9月25日  私は先進的な街に住んでいます
343 平成27年(2015年) 2月 6日  高齢者は元気なうちにモノを捨てる
349  3月20日  すきまサービス
354  4月24日  今書いておかないときっと忘れる(その2)
355  5月 1日  死ぬのも大変
357  5月15日  高齢者介護に大学生を利用する方法
361  6月12日  ある日それは急にやってくる
367  7月24日  地域包括ネット?
382 11月 6日  言いにくいことですが(ボランティア活動を考える)
387 12月11日  困っている高齢者はまずどこへ行けばいいのか
392 平成28年(2016年) 1月15日  心に残るのはたったひとつの風景、たったひとつの言葉
403  4月 1日  日本が死なないために
419  7月22日  今からでもまだ間に合うか
422  8月12日  これは老いの兆候か
425  9月 2日  立つ鳥跡を濁さず
441 12月23日  独り暮らし高齢者の緊急時の対応
442 12月30日  生命活動は時間の流れに逆らおうとしている
462 平成29年(2017年) 5月19日  言葉が出てこない(これは認知症かそれとも失語症?) 
464  6月 2日  昔見た年寄りは今何処に(副題:凄い人)
472  7月28日  言葉が出てこない(その2)
473  8月 4日  マスター・キーはできないのか
477  9月 1日  敬老パスをもらいました
480  9月22日  年寄りは働かせるに限る
488 11月17日  一日のうちにアボカドの名前を三度忘れた
494 12月29日  もう一度私たちは頑張れるか(日本の未来の年表)
497 平成30年(2018年) 1月19日  年を取ると変なことが起きるもんだ
502  2月23日  カードが見つからない
516  6月 1日  放てば手に満てり(70歳という年齢)

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今書いておかないときっと忘れる

幼い頃、夜寝る前に脱いだ衣服を枕元にきちんとたたんでおきました。関東大震災を体験した親に、いつ地震が起きても衣服を持ってすぐ逃げられるようにと、私はそう躾られました。中学生になると、夜寝る時に布団の下にズボンを敷いて「寝押し」をしました。寝相が悪いと、朝起きた時にズボンの折り目が変なところについてしまいます。時々失敗しました。

小学校へ行く頃は、ベルトの脇か腰に手拭いを吊しました。洗った後に手を拭くためのハンカチ代わりです。でも鼻水は袖口で拭いていましたので、冬場はセーターの両袖口は鼻水が乾いた後でテカテカしていました。そう言えば、当時は始終青っ洟を垂らしている子どもが珍しくありませんでした。私は青っ洟は垂らしませんでしたが、始終身体のどこかに膿をもった「おでき」(懐かしい呼び名です)ができていました。眼には「ものもらい」(これも懐かしい)がよくできました。ビタミン不足のせいだったのでしょうか。

小学校の夏休みの午後は、近くの海でよく遊びました。遊んだ後、家に帰ってくると昼寝の時間でした。今では昼寝をする子どもは乳幼児まででしょうか。中学にあがる前までは、父親のことは「とうちゃん」、母親は「かあちゃん」と呼んでいました。両親をこう呼ぶ小さな子どもは、今どれくらいいるでしょうか。小学生の昼寝もとうちゃんかあちゃんも、ほぼ絶滅したことでしょう。

ほとんど忘れかけた、みんな遠い日の思い出です。

2020年1月27日 (月)

「教育・学校」編 バックナンバー

「教育・学校」編 バックナンバー(2008年6月15日~2018年6月1日まで)

番号        掲載年月日                タイトル 
  8 平成20年(2008年) 8月   2日    学校ができること 
  9                8月   9日    こんなに頑張っているのに 
10               8月16日    部活動を考える 
11               8月23日    再び部活動を考える 
12               9月 1日    食育は大事ですが ・・・
17            10月 3日    学力調査の結果は公表が筋ですが 
19            10月18日    学校は自衛隊に似ています 
25 平成21年(2009年)1月10日    昔、生徒指導は5分で済みました 
30               2月13日   「なるほど」と思った言葉 
39               4月17日    世間様は何処へ行った 
46               6月 5日    特別な支援を必要とする子ども
52               7月17日    この金額、どう思いますか 
54               7月31日    振り子の理論 
60               9月11日    指導と自主性 
65            10月16日    問題を抱えた子どもから学ぶ=共に育つ= 
68            11月 6日    たった一言で 
70            11月20日    大丈夫か、学校 
80 平成22年(2010年)1月29日    学んだこと 
85               3月 5日    責任のババ 
115            10月   1日    守るべきものは何なのか 
121            11月12日    負の連鎖 
124            12月 3日    好きな者同士 
125            12月10日    好きな者同士(続き) 
129 平成23年(2011年)1月 7日    手本は二宮金次郎 
135               2月18日    ふて寝のヤジロベー 
137               3月 4日    ヒヤリ・ハットの法則 
169            10月14日    楽しかりし頃 
177            12月 9日  やっぱり二宮金次郎 
179            12月23日  肥後守 
181 平成24年(2012年)1月 6日  もっと早く知っておけばよかった 
190               3月 9日  我ら 我ら 我らの日教組 
195               4月13日  未来をリストラするな 
203               6月 8日  学校はいつも悩みます 
208               7月13日  言うほどには簡単にいかない(その1) 
209               7月13日  言うほどには簡単にいかない(その2) 
211               7月27日  これはつまりリンチです 
212               8月 3日  私は学校の味方です(その1) 
213               8月10日  私は学校の味方です(その2) 
216               8月31日  子どものケンカ 
222            10月12日  問題を抱えた状態で安定させる、という方法にある
224            10月26日  英語教育大改革(副題:入試が変われば授業も変わる)
226            11月 9日  正義の味方はいいけれど 
245 平成25年(2013年)3月22日  治まる御代のお目こぼし 
247               4月 5日  教師は怖い職業です 
249               4月19日  ツケツケ、ナメナメ、ツネツネ(副題:記憶に残る私の愚行) 
264               8月 2日  ジャージ登校はいいか悪いか 
272             9月27日  職員会議、大っ嫌い 
282            12月 6日  学校給食の思い出 
306 平成26年(2014年)5月23日   体育祭の行進練習は今でもあるのかな 
309      6月13日  制服文化と稲作文化 
311               6月27日    冷静になれ、と言うけれど 
317               8月 8日    偏差値はそんなに悪者か 
318               8月15日    右往左往(2学期制か3学期制か) 
328            10月24日    本人の努力はもちろん必要だが 
332            11月21日    病症利得 
333            11月28日    病症利得・その2(愛子様の不登校を治すには) 
334            12月 5日    愛子様の不登校を治すには・その2 
362 平成27年(2015年)6月19日    名前から顔は思い出すが顔を見ても名前は出てこない 
373               9月 4日    悩みに対処する「人間関係学」を学校の必須にできないか 
378            10月 9日    ただひたすら黙って聞いてあげる、それが一番
381            10月30日    教師に必要な資質とは 
386            12月 4日    学校の生活指導の責任はどこまでか 
404 平成28年(2016年)4月 8日    良い保育士を見分けるコツはこれかな 
460 平成29年(2017年)5月 5日    昔、こんな生徒がいました 
465      6月 9日  我が子を虐待死させる親も暗闇を抱えている 
471               7月21日    出回っているのは真実の一部 
474               8月11日    理想の自分と現実の自分とのバランスに苦しむ 
498 平成30年(2018年)1月26日    凄い若者がいる 
499               2月 2日    やっぱり「人間関係」を学校の必修科目にすべき 
506               3月23日    警報装置が誤作動する 
515               5月25日    子どもの問題行動への対応 

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2020年1月24日 (金)

肥後守

肥後守は簡易折りたたみ式ナイフで、日本で戦前から使われていました。このナイフが最近見直されているようです。静かなブームという声もあります。どこかの小学校では、これを新入生全員へ贈っているそうです。道具を使う緊張感を養う、集中力を高める、たとえ自分がケガをしてもその小さな痛みの中から他人を傷つけない使い方を学んでいく、新聞にもそう書いてありました。どうしてもっとたくさんの学校でこれを使わせないのかと、そう言いたげです。お説ごもっともです。ではそんなに良いこと尽くめの肥後守が、どうしてほとんどの学校では見掛けなくなってしまったのでしょうか。

どんなに学校の指導が徹底していても、ナイフがあればそれを不適切に使用する子どもの存在を否定できません。ナイフを振り回す子どもも一定の確率で必ず出てきます。そして不幸にも、学校で子どもが他の子どもや教師にナイフでケガをさせると、これはニュースになります。マスコミは学校を責めます。教師は指導力不足を責められ、日頃の指導のあり方を問われれます。校長はその責任を問われ、警察からはもちろんのこと、保護者からもマスコミからも教育委員会からも釈明と説明を求められます。下手をすると保護者集会で吊し上げになり、校長は眠れない日々を過ごします。こうしてナイフは、今後その学校では使用禁止になります。

どんな良いことにもそれなりのリスクがあります。そのリスクが現実のものになった時、今後それを避けるために、本当は大事なものが代わりに失われていったのです。その流れに抗しきれなかった学校と教育委員会にも責任はあります。でもはっきり言いますが、学校からナイフを追放したのは、一部の保護者と彼らを煽ったマスコミです。かつてそれに加担したマスコミに、今更のように肥後守の教育的意味など説かれたくはありません。お察しの通り、肥後守は他にもたくさんある中のほんの一例に過ぎません。

<今日のメロディー>
「欲しがりません勝つまでは」
https://youtu.be/azXI6GZ5AlE
小さな子どもまでこんな苦労をさせていたと思うと・・・(涙)。

 

 

 

2020年1月21日 (火)

人生いろいろ(完璧はない)

親は我が子に躾けをします。ところが躾けはなかなかうまくいきません。親は苛ついて、「なんであなたはそんなことも出来ないの!」とか、「勉強しないと良い学校に行けませんよ!」と子どもを脅します。親は、子どもの躾けがうまく出来ない親とみなされるのではないかと、世間の評判が怖いのです。親は将来、安心安泰できないかもしれないと思うのが不安なのです。こうした親の恐怖や不安は、通常は無意識の底に潜んでいます。

親はこうした見えない恐怖感、不安感を少しでも和らげようとします。我が子の言動に何度も口出ししたり、親が勝手にやってしまったりします。我が子が失敗しないようにと「過保護型」になるのです。それがうまくいかないと、挙げ句には暴力行使の「虐待型」もあります。いずれも「我が子を思えばこそ」の親の思いを隠れ蓑にしています。結局は、親は子どもに振り回されて、子どもの人生を生きていることになります。

一方、子どもの方は思春期にこう思います。「親の躾けのせいで私はこうなってしまった」と。こう思うことによって、子どもは「こうなってしまったのは結局は私自身のせい」という恐怖や不安を無意識下で打ち消しているのです。

親は、我が子になるべく決断させ、小さい頃に数多く失敗させて、その失敗に共感します。でも親は、「困ったらいつでも相談してね」のメッセージを子どもへ常に送り続けます。この「半分放任型」が良いようです。子どもの存在を無視するだけのただの「放任型」は簡単ですが、「半分放任型」は子どもを見ていながらの放任ですので、これはかなり難しい躾けになります。私は結局はできませんでした。ただ、こうなろうと努力するだけでもよいのかなと、今は考えています。

親には子育ての愚痴を聞いてくれるような相談相手が必要です。アドバイスは求めてはいません。相手が、「それは大変だったでしょう(共感)」と言ってくれるだけの存在でよいのです。

子どもはこう考える必要があります。親も短所を持った存在です。問題のない親などいません。親に認められなかったせい、親の躾けのせいといつまでも思う子どもは、親に振り回されて、親の人生を生きています。親は親の人生、子どもは子どもの人生を生きていくのです。完璧な人生はありません。その中で、それぞれの子どもがなんとか格闘しながら失敗しながら 自分の人生を生きていくのです。

この年になって、遅まきながらそう思えるようになりました。

前日は珍しく降雪。翌日は晴天だが、芦ノ湖に向かう道路はこんな風景だった。2020.1.19
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2020年1月17日 (金)

神の一撃

宇宙の始まりに「ビッグバン」があったと言われています。これを引き起こした運動エネルギーが全ての発端です。ビッグバンにより、それまでの一定の秩序が崩れました。科学者はこれを「ゆらぎ」と呼んでいます。私にはよく分かりませんが、恐らく不規則突発偶然、そうした普通では到底あり得ないちょっとした「ずれ」のことのようです。

この不規則で突発的で偶発的な出来事が、次の不規則で突発的で偶発的な出来事を連鎖的に引き起こしていきます。つまりは最初の「ずれ」が、次々と「ずれ」を呼び起こしたわけです。この過程で星も生命も生まれました。宇宙も星も生命も全ては「ずれ」の所産、ということになります。私たちは偶発的に生まれました。

この「ずれ」も、やがていつかは収束に向かいます。始まりのあるものには全て終わりがあるのです。生命も星も、そして宇宙にもきっと終わりがあるでしょう。でも、ここからは私の想像ですが、終局には「ずれのタネ」が残るのではないでしょうか。だから、この終わりは次の始まりの準備に過ぎません。また新たな始まりがあり、次の循環過程に入ります。新しい宇宙が生まれるのです。今の宇宙が、その第何回目の循環過程にあるのかは知りません。

何がこの「ずれのタネ」を発芽させるのでしょう。そう言えば、ビッグバンを引き起こしたエネルギーを「神の一撃」と呼ぶ人がいます。最後はそこに行き着くようです。

ベランダにリンゴを置いていたら、ヒヨドリが食べに来た。
置いていないと、じっと待っている。 2019.1.15
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2020年1月14日 (火)

その日に備えて

1995年の阪神・淡路大震災では、6,434人の方が亡くなりました。2011年の東日本大震災では15,000人以上の方が亡くなり、未だに2,000人以上の方が行方不明のままになっています。大地震が私が生きている間に2回起きたことになります。3回目もあるかもしれません。首都直下地震や南海トラフ地震が、30年以内に70%~80%の確率で起きると言われていますので。人口稠密な首都に被害が出れば、時間帯が悪ければその規模はこれまでの地震の数倍にも達するでしょう。

大災害の度に起こるのは、被災地の受け入れ窓口が大混乱し、大量の援助物資が無駄になったり、せっかくのボランティアを捌ききれなかったりすることです。援助や支援にも交通整理が必要です。種類や内容によって、あらかじめ割り振りを決めておいたらどうでしょう。思いつきの素人考えで恐縮ですが、例えば国内からの援助なら、水は○○県、食料は○○県、衣類は○○県から送ってもらいます。企業なら、〇〇社はトイレ関連商品、〇〇社は簡易ベッド、〇〇社は毛布と枕、といった具合です。外国なら、○○国はレスキュー部隊の派遣、○○国は医師の派遣、○○国は医薬品の輸送、といった具合です。何が起こるか分かりませんので、県、企業、国をそれぞれ複数を指定しておきます。

マニュアルに沿った公的な支援ルートも別にあると思いますが、任意の援助がばらばらに展開されたら、やはり現場は混乱します。各県、各企業、各国の得意分野に特化した援助を展開してもらえれば、相談の手間と過不足による混乱がある程度防げます。道路は寸断されますから、補給ルートも3か所以上想定しておいてもらいます。

窃盗や略奪行為もなく、水や食料の配給にはきちんと順番を守って並ぶことができるか、悲しみの中でも冷静で秩序ある行動がとれるか、日本人の力、日本という国の本当の力が、災害の度に試されているような気がします。大地震は必ず来ます。私たちは備える必要があります。

大佛次郎記念館 2020.1.9
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2020年1月10日 (金)

時間も認識上の産物

私は今まで7回意識を失いました。大半は数秒から数十秒の間でした。意識を失った経験から、一つ実感できたことがあります。それは、意識がなければ時間は存在しない、ということです。気がついた直後には、自分が意識を失った事実にすら気づきませんでした。周囲の状況からその事実に気づいた後にも、ではどのくらいの時間意識を失っていたのかはまるで判断できませんでした。

楽しい時間は短く感じられます。辛い時間は長く感じます。どういう意識下にあるかで、時間の長さへの感じ方は異なるようです。楽しさや辛さはもとより、そもそも何も意識がない状態では、時間は短くも長くも感じません。時間は「無」になります。0(ゼロ)とは違います。0(ゼロ)は2や1と共存していますが、「無」は何とも共存していません。意識が無ければ、時間そのものが存在しないのです。ですから意識を回復した当事者にとっては、経過した時間が5秒でも50年でも50万年でも、きっと同じように感じるでしょう。

他のあらゆるものと同じように、時間もひとえに認識によって存在しているのだと思います。私あっての時間です。私が存在しなければ、時間もあらゆるものも存在しません。

氷川丸のユリカモメ 2020.1.9
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2020年1月 7日 (火)

グローバル化の行き着く果て

私が子どもの頃、実家の近所では外国人はまだ珍しい存在でした。母は外で買い物を終えて帰宅するや、「今、マーケットに異人さんがいたよ」と父に報告していました。外人さんと言わずに、異人さんと呼んでいました。明治生まれの母親には、特に欧米の外国人はとても珍しかったのでしょう。

あれから60年以上が経ちました。今、日本のそこら中に外国人が溢れています。中国や韓国、東南アジアや南米の人たちが、出稼ぎで日本にやってきます。群馬県太田市の大泉町というところでは、総人口の18%が外国人(殆どがブラジル人、ペルー人)です。安い給料で熱心に働いてくれる彼らがいないと、経営がおぼつかない日本企業もあります。ベトナムやフィリピンの人たちは、来日して人手不足の介護の業界を手伝ってくれています。私の街にも、インド人の姿がよく見られるようになりました。

日本企業の外国人社長も珍しくなくなりました。保釈中に逃げたカルロス・ゴーンさんもそうでした。親はレバノン人で生まれはブラジル、育ちはフランスです。日産の社長でした。アパレルメーカーのレナウンは中国資本の傘下に入りました。家電販売のラオックスもそのようです。家電大手のシャープも台湾資本の傘下になりました。どんどん外国人の社長や重役が日本に来るようになりました。野球やサッカーでは、選手はもとより監督も外国人が珍しくなくなりました。国技の相撲でさえ、幕内力士3人に1人は外国人です。

人々の往来が激しくなれば、必然的に国際結婚が当たり前になります。混血が当たり前になります。テニスの大坂なおみさんも、陸上のサニブラウンさんも、バスケの八村塁さんも混血です。混血が繰り返されることで、民族特有の顔立ち、目や肌の色等の特徴も徐々に薄れてくるでしょう。

一方、グローバル化の進行は、外国人の安い労働力の確保を可能にします。彼らに仕事を奪われるのを恐れて、これ以上の移民や難民の受け入れを拒否する国々も現れています。厄介な問題ですが、最終的にはグローバル化の波を押しとどめることは出来ないでしょう。

グローバル化が進むということは、共通のルールが確立するということです。国家間、民族間の壁がどんどんと壊されるでしょう。国境と言語の壁はなかなか堅固ですが、国家を背景にしている政治と、言語を核とする教育、政治と教育のこの二つのグローバル化が進めば、この壁も徐々に崩れるでしょう。最後に残るのは宗教間の壁だけになりますが、これもやがては和解と相互理解が進みます。こうして地球は一つになります。戦争もなくなります。グローバル化の行き着く果てです。あと1,000年でしょう。

国営昭和記念公園
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2020年1月 3日 (金)

よかった探し

たとえどんなことが起きても、その中からよかったと思えることを探し出すのが「よかった探し」です。30年以上前になりますが、「愛少女ポリアンナ物語」というテレビアニメがありました。

物語の舞台は1920年のアメリカで、主人公はポリアンナという名前の9歳の女の子です。彼女は4歳で母親を、そして8歳で父親も病気で亡くします。一人ぼっちになったポリアンナは、遠くに住むおばさん(母親の妹)の家に引き取られます。両親を亡くした上に、様々な困難が彼女を襲いますが、父親から教わっていた「よかった探し」を心の支えに、どんな逆境にあってもその中にある喜びを見つけ出そうと努め、明るく前向きに生きていきます。そしてやがて彼女のその明るさは、憎しみや孤独に苦しむ周囲の人々の頑なな心をも開かせていきます。

仕事を頑張ろうと思っていた矢先に病気になってしまう。とても残念なことです。しかし、よく考えてみると、これは「休息」や「考える時間」を与えられたわけで、仕事のやりすぎに対する「警告」だったかもしれません。また、気がつかないでいればもっと進行していたはずの病気を早期に発見できたのかもしれません。一見「よくないこと」「嫌なこと」と思われるようなことでも、考え方次第で、その「よくないこと」の裏側に張り付いている「よいこと」が見えてきます。

「二つよいことはない」と同時に、「二つわるいこともない」わけです。「よいこと」と「よくないこと」は、うまくバランスをとっているようでもあります。病気や家庭の事情など、様々な「よくないこと」が私たちを苦しめます。でも、目をこらしてよく見てみると、その「よくないこと」の中にはきっと何か「よいこと」も隠れているに違いありません。

ポリアンナは自分の厳しい境遇の中でも、周囲からのいじめの中でも、この「よかった探し」を続け、自分だけでなく周囲の人たちにも生きる喜びを与えていきました。私たちはついつい「悪かった探し」をしてしまいがちですが、私もポリアンナを真似て、今年はできるだけ「よかった探し」をしていきたいと思います。

手作りを頂きました
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