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2020年1月21日 (火)

人生いろいろ(完璧はない)

親は我が子に躾けをします。ところが躾けはなかなかうまくいきません。親は苛ついて、「なんであなたはそんなことも出来ないの!」とか、「勉強しないと良い学校に行けませんよ!」と子どもを脅します。親は、子どもの躾けがうまく出来ない親とみなされるのではないかと、世間の評判が怖いのです。親は将来、安心安泰できないかもしれないと思うのが不安なのです。こうした親の恐怖や不安は、通常は無意識の底に潜んでいます。

親はこうした見えない恐怖感、不安感を少しでも和らげようとします。我が子の言動に何度も口出ししたり、親が勝手にやってしまったりします。我が子が失敗しないようにと「過保護型」になるのです。それがうまくいかないと、挙げ句には暴力行使の「虐待型」もあります。いずれも「我が子を思えばこそ」の親の思いを隠れ蓑にしています。結局は、親は子どもに振り回されて、子どもの人生を生きていることになります。

一方、子どもの方は思春期にこう思います。「親の躾けのせいで私はこうなってしまった」と。こう思うことによって、子どもは「こうなってしまったのは結局は私自身のせい」という恐怖や不安を無意識下で打ち消しているのです。

親は、我が子になるべく決断させ、小さい頃に数多く失敗させて、その失敗に共感します。でも親は、「困ったらいつでも相談してね」のメッセージを子どもへ常に送り続けます。この「半分放任型」が良いようです。子どもの存在を無視するだけのただの「放任型」は簡単ですが、「半分放任型」は子どもを見ていながらの放任ですので、これはかなり難しい躾けになります。私は結局はできませんでした。ただ、こうなろうと努力するだけでもよいのかなと、今は考えています。

親には子育ての愚痴を聞いてくれるような相談相手が必要です。アドバイスは求めてはいません。相手が、「それは大変だったでしょう(共感)」と言ってくれるだけの存在でよいのです。

子どもはこう考える必要があります。親も短所を持った存在です。問題のない親などいません。親に認められなかったせい、親の躾けのせいといつまでも思う子どもは、親に振り回されて、親の人生を生きています。親は親の人生、子どもは子どもの人生を生きていくのです。完璧な人生はありません。その中で、それぞれの子どもがなんとか格闘しながら失敗しながら 自分の人生を生きていくのです。

この年になって、遅まきながらそう思えるようになりました。

前日は珍しく降雪。翌日は晴天だが、芦ノ湖に向かう道路はこんな風景だった。2020.1.19
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