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2020年6月16日 (火)

フランダースの犬(私たちはなぜ敗者に心を動かされるのか)

貧しい少年ネロとその愛犬パトラッシュの物語は、日本ではずいぶんと人気があります。それまで見ることができなかった大聖堂の有名な絵画を最後に一目見て、ネロとパトラッシュは共に息を引き取ります。有名なラストシーンですが、この物語の舞台のベルギーでも原作者の母国のイギリスでも、このお話はあまり知名度も人気も高くないようです。そればかりか、この少年と老犬の死は彼らには「負け犬の死」と映るようなのです。どうして私たちとこうも感性が異なるのでしょう。

オリンピックや高校野球の選手の肉親が新聞記事によく登場します。肉親の大半は最近亡くなったばかり、又は闘病中のことが多いようです。たとえ試合に敗れても、そうした家庭の逆境にも挫けず、健気に頑張った選手の姿が読者の共感を呼ぶようです。負けたチームが甲子園の土を袋に詰めるシーン。箱根駅伝で、フラフラになっても懸命に前へ進もうとするシーン、タスキを渡した後に体力が尽きて倒れ込むシーン、自校のタスキが次の走者につなげずに責任を感じて悲嘆にくれるシーン。TVカメラはこうしたシーンをひたすら追いかけます。そうしたシーンに私たちが共感するのを知っているからです。やがては死を迎える闘病は、純愛や家族愛とセットになりやすい物語の一大要素です。私たちは健気な敗者や死者にとりわけ心を惹かれるようです。実は私もそうです。

咲いている時ではなく、散る時の桜に美意識を感じるのも同じです。負けや死を受け入れた者の健気さや潔さに私たちは心を動かされます。この感性の源流を辿ると、切腹の所作に象徴される武士道と滅びの美学に行き当たります。代表は四十七士です。もっとあとの神風特攻隊にも滅びの美学が見え隠れします。

この感性は私たち日本人だけのものなのでしょうか。そしてそれはいったいどこからやって来たのでしょうか。


<公益社団法人有料老人ホーム協会 第18回シルバー川柳入選作品から>
*突然に 医者が優しく なる不安
*三時間 待って病名 加齢です
*いびきより 静かなほうが 気にかかり
*年上が タイプだけれど もういない
*未練ない 言うが地震で 先に逃げ
*味のある 字とほめられた 手の震え

夕暮れが懐かしい、なんとなく 2020.6.10
P1050917

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
「うまくいかなかった人は自分を律しきれなかった人」と西洋人が思うのは、その通りかもしれませんね。個人が確立されていて、他人のことは構わない。欧米の国々のように、コロナで何万人以上も死んでいる状態になったら、日本では政権が倒れるでしょう。

「滅びの美学」よく聞きますね。
私の記憶では戦前「保田與重郎」という文芸評論家がそんなことを言っていたようです。
日本浪漫派と言われていたようです。
山口昌男「敗者の精神史」は私が面白く読んだ本です。戊辰戦争で敗者になった東北の武士たちの明治期の活躍のお話です。取り上げられた人物の一部はNHK「八重の桜」にも出てましたね。
赤穂浪士は敗者の美学の典型です。この話が江戸庶民に大いに受けたのは歌舞伎を通じてですかね。
同じアジアでも中国や韓国には滅びの美学や敗者の美学は聞きませんね。
でも、日本にも「勝てば官軍」という言葉もありますから、その人の置かれた立場なのかもしれませんね。西洋は自己を律して「神」に召されるのが至上の価値ですから、あまり人のことはかまわなし、うまくいかなかった人は自分を律しきれなかった人、ぐらいに思うのかもしれませんね。

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