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2020年8月28日 (金)

意識化すれば実現する(思うは招く)

「相手が電話に出なかったのは私が嫌いだからだ」、「通りすがりにあの人が笑ったのは私をバカにしているんだ」(←根拠のない決めつけ)。「これが失敗した。だから他のものも私は全部ダメだ」(←過度の一般化)。「100点でなければ0点と同じだ」(←「ゼロか100か」思考)。こうしたネガティブな感情(つまりは、不安や怒りや自信喪失)は自然に湧いてきます。認知のクセ(自動思考)です。周囲は油断ならない人たちばかりと考え、なんとなく気付いている弱い自分を彼らからこうして守ろうとします。無意識の自己防衛です。

自己防衛の根底には何があるのでしょう。仲間外れにされたくない、他人に認めてもらいたい気持ち(承認欲求)があります。他人からバカにされたくない、他人よりも優れたい気持ち(優越欲求)もあります。優越性の追求は人間の本質ですが、過度な優越欲求の裏側には劣等コンプレックスがあります。劣等コンプレックスを持っているからこそ、優越欲求が強いのです。自己防衛が強い人ほど、過去の失態や失言を反芻します。他人にどう思われるか、他人の評価を怖がります。ネガティブな感情はより強く、頻繁に出てきます。

ネガティブな感情で悩んでいる人は実はたくさんいます。私もそうだと思います。人は、自分が持っている予測を現実化する行動をとる無意識の傾向があります。その予測(人生脚本)の現実化として自分の人生を生きています。人生を悲観的(ネガティブ)に見ていれば悲しく重い人生を送ることになり、人生を楽観的(ポジティブ)に見ていれば楽しく明るい人生を送ります。

ネガティブな感情は自然と湧いてきますが、ポジティブな感情は意志によって起こります。それを固く信じていれば、それは実現します。すべては認知次第です。認知が人の成り立ちと人生を作ります。

人生の最終盤に差し掛かり、ようやくこのことを分かりかけています。時折、認知のクセには負けそうになりますが、誰しもが悩みと心の傷を持っていて、その中を必死に生きている、と思って私も生きています。

<参照>
「思うは招く(脳は信じやすい)」2019.7.23
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-3a0b48.html

ベランダに元々設えてあったプランター。来年の全戸一斉の工事以降は、このプランターの中に土を入れてはいけないことになった。爆裂を避けるため。(上の写真は私のベランダの爆裂)この工事の準備のために、私は花が終わったランタナの枝を切り、キリタンサスの葉っぱを刈り取った。(下の写真)
P1060103
P1060099

 

 

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
私はこれまで自分が嫌いでした。自分の性格を直そうとして努力してきました。今は、「短所のない人は誰もいない」、「短所があってこその人生」、「短所を克服したその時は、その人の人生は既に終わっている」、と考えるようになりました。簡単に言えば、「今の自分を認める」ということでしょうか。ヨッキーさんの言う「あれか・これかの二者択一ではなくて、どっちつかず」を選んだことになるのでしょうね。 くりりん

認知のテーマは扱われる頻度が高いですね。
認知症療法と認知行動療法とは違うんでしょうね。
認知症は脳機能障害としての扱いですよね。
認知行動療法の扱いは心理療法で身体機能の病としての扱いではないですよね。
ザックリ言って「病は気から」、というのが認知行動療法でしょうかね。
誤解を恐れず言えば、生活の繰り返しの仕方を変更する、その事で意識の型を変容させるという事でしょうか。
あれか・これかの二者択一ではなくて、どっちつかずというのもいいですよね。
能動・受動、その間にある中動の心の状態、とでも言いますかね。
國分功一郎という若い哲学者がこの手の問題を扱って書物も出版してますね。

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