« PCR検査 | トップページ | 意識化すれば実現する(思うは招く) »

2020年8月25日 (火)

存在と無の境目

宇宙はどんどんと膨張しているそうですが、膨張の外側には何があるのでしょう。何もなくて「無」だと学者は言いますが、無とは何なんでしょう。そこは多分、時間も空間もない世界なのでしょうが、そういう世界が私には想像ができません。私が死んだ後の私の認識は無になりますが、それと似た世界なのでしょうか。そもそも膨張する宇宙と無の境目はどうなっているのでしょう。やはり不思議です。

極大の世界を宇宙とすれば、極小の世界は素粒子でしょうか。分子→原子→原子核→陽子、中性子、電子→素粒子と、どんどんと最小の単位が見つかっています。物質を細分化していって最後にたどり着く究極の単位が素粒子だそうです。新しい素粒子も次々と見つかっています。もうこれ以上細分化できない最小の単位という存在が、これまた私の理解を超えています。その存在にそれ以上小さな構成要素がないとすれば、それは一体何で出来ているのでしょうか。存在と無の境目はやはり不思議です。

極大と極小のそのどちらもが無と隣り合わせだとすれば、無は極大と極小の接着剤かもしれません。接着剤は無ですから、当然極大と極小も隣り合わせになります。ドーナツのようにぐるりと一周しているのでしょうか。宇宙の研究に素粒子論が必要な理由も、これで少し合点がいきました。


近所の人からのもらいもの(赤いオクラがあるのを初めて知った)
P1060084-2

« PCR検査 | トップページ | 意識化すれば実現する(思うは招く) »

宇宙・SF」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
存在=認識。私の認識がなくなれば、全ての存在も消えます。存在は跡形もないものですね。「万物は不可解の海を漂う阿呆船」。いつか使わさせてもらいます。 くりりん

極大と極小のメビウスの輪。
無限と有限。
存在と無。
この話題お好きですね。
遠い昔、「ヒト」が拙い言葉を手に入れたときから、魅入らられてきた主題ですね。
どこから来てどこへ行くのか、どこから来ては=在る。どこへ行くのかは=無。
在る=誕生。無=死。
誰だって不思議ですよね。「ヒト」だけでなく万物全てに当てはまることですしね。
これからも一部の人間は考え続けると思います。思いますが、謎は謎のままだと思います。
万物は不可解の海を漂う阿呆船、かもしれませんね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« PCR検査 | トップページ | 意識化すれば実現する(思うは招く) »