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2020年9月29日 (火)

持ったが病で治らない

相手を揶揄するような新聞コラムを読んで、TVコメンテーターの声高な正義の主張を聞いて、SNSで相手を誹謗中傷する書き込みを見て、私は時々思います。責任の埒外に自分の身を置いて、安全地帯から批判だけしている。読者視聴者からそう思われてしまうのではないかと、彼らは心配にはならないのでしょうか。

弱者の味方をしたつもりで、弱者にも一矢があるとでも言いたげですが、実際には彼らは強者の側の人間です。橋下さんは時々言います。「評論家は楽だ。実行しないでいいんだから」。評論家だって私は大変だと思いますが、橋下さんのこの言い分のもう半分は当たっているような気もします。

相手の立場に同情や理解ばかり示していると、真実を追及しようとする力が落ちるかもしれません。批判を抑えて敵を作らないことで、自己防衛を図っているという側面もあるでしょう。それでも私は思います。その立場でなければ分からないことがありますが、私たちの大半はその立場には立ちません。もし同じ立場に立ったなら、ひょっとして自分だって同じようなことをするかもしれないという気持ちを、多少は持ってもよいのではないでしょうか。

「その人の靴を履いて1マイル歩いてみるまで人を批判するな」という外国の諺もあります。そういう気持ちを心の隅にいつも持ちつつ、時々私も揶揄する側のコラムニストになってしまいます。持ったが病で治りません。

稲刈りのあと(近辺の田んぼ)
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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうござます。
トランプさんは多動性、虚言癖などなど、たくさんありますね。口汚い言葉で相手を攻撃するのは、自分が言い知れぬ不安を抱えているからだと思います。相手が自分を攻撃しているので自分は反撃しているだけ、と思っているのでしょうね。心理学者にとって、最高の観察対象です。  くりりん

「持った病が治らない」のは気持ちいいかですよ。
私も好きです。自分を棚に置いて人の悪口を言ったり非難したりするのが。
でも、あまり気持ち良くはありません。で、気持ちの奥で後ろめたさが疼く、ということになります。仕方ないです。聖人君子じゃないですから。大事な事は「持った病が治らない」と思いつつも、それにちょっぴり痛みを覚えることが時々はあるということではないでしょうかね。
米国の大統領選挙の候補者同士の討論会を、本日、テレビでやってました。
面白かったですよ。司会者が何回も相手の発言中に口を挟むなと注意しているのに、全く意に介せず発言する現大統領を見て、人格的には多動的なのでは、と思いました。
それに「虚言癖」もあるように思います。
あ、しまった、「持った病が治っていない」つい口に出てしまいました。

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