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2020年9月22日 (火)

墓石は語りかける

私は墓地が好きです。春と秋のお彼岸には両親の墓参りをしますが、それ以外にも時間があれば自宅周辺の墓地を散策します。周囲にはお寺さんが多いので、散策する墓地はいくらでも見つけることができます。大きな墓地ともなると、最近は無料ガイドが有名人のお墓などを案内してくれますが、やはり墓地は一人歩きに限ります。

墓石に目をこらすと、陸軍伍長○田○夫が南方の○○島にて戦死、などと記されています。戦死して勲○等をもらったとか、二階級特進とか記されていることもあります。その人が亡くなった年号とその時の年齢を改めて見ると、この人はどんな気持ちで死んだのだろうか、残された家族はその後どうしただろうか、いろいろな思いが巡ります。

墓石にはそれを建てた人の気持ちがこもっています。そればかりか、墓の主さえもが何かを訴えているような気がします。この人を忘れない、俺を忘れてくれるな、その気持ちや訴えが墓石には刻み込まれ、それが時を越えて私に語りかけてきます。

かなり古い墓石もあります。宝永とか享保とか嘉永とか刻まれているのがかろうじて読み取れます。墓石の一部は既に欠け、朽ち果てようとしています。皇族や豪族のとてつもなく大きな墓だって、いつしか誰のものか分からなくなるくらいですから、庶民の墓などはあっという間に忘れ去られてしまうのでしょう。

訪れる人もなく、その朽ち果てる寸前の墓石の主が、今際の一言を私に語りかけてきます。私が立ち去った後、私が最後の話し相手となったその主は、間もなく本当の永遠の眠りにつくことになります。

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定年後・高齢化社会」カテゴリの記事

コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
高齢者に一番悩むのは葬儀とお墓ですね。葬儀は一度で済みますが、お墓はそうもいきません。自分の子どもや孫が悩むことになるからです。だから、葬儀とお墓は簡素化を考えています。 くりりん

写真ががいいですね。故郷の墓を思い出します。夏、墓掃除が大変だっったのを思い出します。
区画整理で撤去されて今はありません。母の希望で檀家寺の墓長屋に移しました。帰省するとお参りします。十数年でお参りする人は皆無です。妻の家の墓は密集墓場です。墓と墓の間が10センチぐらいです。私も妻もここに入るのでしょうね。浅草で子供たちも墓参しやすいですから。
墓の問題は空き家の問題と同じで、これから益々色々な問題が出てくるでしょうね。一年間の人口の自然減は鳥取県の人口に近づきつつあります。(48万人減)不妊治療費の援助ぐらいでは如何ともし難いですね。深刻なのは若い人が結婚しない事です。というか、できないのですね。理由は明瞭。
給料が安すぎる、加えて非正規で安定性がない。墓参りする余裕など若者にはないと思います。
人口減少率1位の県出身の人が宰相になって地方活性を旗印にしています。これってブラックユーモアです。宰相の出身の小中学校は廃校でないそうです。墓はあるんでしょうが。

釣りバカさんへ
コメント、ありがとうございます。
私も、子どもとは一緒にお墓参りは行っていませんでしたね。「そうするもんだ」という習慣づけができていません。独立した子どもたちは私のお墓をお参りしてくれるのでしょうか。望み薄です。 くりりん

お墓は亡くなった方のお骨を埋葬して、供養するためのものであることは勿論ですが、その方の縁者とりわけ子孫がお参りするための碑(目印)の役割を担ってます。子孫がお参りすることが前提ですので、もしそれが期待できなければ共同埋葬でいいということになります。ということで、本日お墓参りに行ってきましたが、いつも娘や孫を連れて行ってませんので、娘や孫が私のお墓にお参りしてくれるかどうかわかりません。そんなことを考えずに数年前にお墓を建ててしまったことを後悔してます。
余談ですが、結婚以来集合住宅住まいでしたが、死んで初めて戸建てに住むことになります。

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