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2020年10月

2020年10月30日 (金)

トリアージ(誰を見殺しにするか)

トリアージという言葉があります。「非常事態に陥った場合に、最善の結果を得るために対象者の優先度を決定して選別を行うこと」、の意味だそうです。日本語に訳すと「識別救急」とも言うそうで、災害時に、助かる見込みのない者や軽傷者よりも、処置を施すことで命を救える被害者に対する処置を優先すること、とあります。阪神・淡路大震災以後、日本ではこの言葉がよく知られるようになりました。

戦争の時、指揮官に求められるのは、「誰を見殺しにするか」という決断だそうです。昔のTV映画「コンバット」では、サンダース軍曹はどんな場合でも決して部下を見殺しにはしませんでしたが、現実の戦闘では違うのでしょう。戦場の非常時には指揮官もトリアージを求められ、他の多くの部下の命を危険にさらすことを避けるために、一人の部下の命を救うことを諦める決断をするのでしょう。最善の結果を得るために苦しいこの決断を下すのは、優秀な指揮官でなければ出来ません。多分、その通りだろうと思います。

考えてみると、戦時の指揮官だけでなく、トリアージの前提となるべき苦悩と覚悟が、平時の指導者にも問われ求められています。米軍基地はもちろんない方がいいわけですが、日本の「安全」のために「沖縄の人の心」や「プライド」を見殺しにしています。原発もできればない方がいいわけですが、日本の「経済」のために「リスク回避」を見殺しにしようとしています。政治家が靖国神社に参拝したのは、保守層の支持や期待、それに自分の信念を無視できなかったからでしょう。中国や韓国との当面の外交関係の方を見殺しにしました。

ヨーロッパ各国の指導者はコロナで大変です。コロナを抑制するにはロックダウンが一番です。代わりに経済活動を見殺しにします。経済活動を重視すれば、コロナ抑制を見殺しにします。この世の大半はトリアージそのものです。

枝を切っても、また生えてきて花も咲く。その生命力。ベランダのランタナ。花を花瓶に挿しました。2020.10.29
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<今日のメロディー>
野菊♬
https://youtu.be/JkRI0QWTpTQ

2020年10月27日 (火)

片への道はいづこ行きけむ

人生の重大事を決断する時があります。就職や結婚の選択、重い病気を抱えた場合の手術方法の選択などです。決断の結果、選択した進路によってその人のその後の人生が決定されます。その時選択しなかったもう片方の進路をもし取っていたならば、その後はどんな人生になっていたのだろう、という感慨が標題です。皇后陛下(当時)美智子様の次の御歌から拝借しました。

かの時に 我がとらざりし 分か去れの
      片への道は いづこ行きけむ (平成19年1月2日 歌会始)

就職や結婚や手術方法の選択は確かに重大事ではありますが、必ずしもやり直しができないというわけではありません。ところが、その選択の結果が自らの死を招くようであれば、その選択は間違いなく重大事となり、やり直しはできません。昨年、青信号で横断歩道を自転車で渡っていた母子が、高齢者が運転する車にはねられて亡くなる事故がありました。その横断歩道を渡る時刻がもう5分前か5分後であれば、その母子は死ぬことはなかったでしょう。

その日は特別な用事があって、いつもは通らない道だったかもしれません。もしも別のルートを通っていたら、もしも約束の時刻をもっと前か後にしていたら、もしも途中でコンビニへ立ち寄っていなかったら、もしもコンビニのレジがあんなに混んでいなかったら、もしも知人が用事の電話をかけてこなかったら、そもそもその人が知人になっていなければ・・・。これは被害者と加害者の双方に当てはまります。

こう考えると、その二人が亡くなる前には、実に膨大な「もしも」の小さな選択と事実の積み重なりがあります。その小さな「もしも」のどれか一つでも存在していれば、この母子は死ぬことはなかったのです。今頃はお父さんと家族団らんを楽しんでいたはずです。

結果がたとえどんな重大事であったとしても、それは実に微細で膨大な数の選択と事実の積み重なりで導かれていることになります。この世は偶然が作用し、偶然で構成されている、そういうことなのかもしれません。やがてやって来る重大事へと導かれる微細な選択や偶然な事実が、今も何食わぬ顔で進行しています。予備電源を高台に移しておけば、あのデータをもっと精査しておけば、あの時あの人が会議でもっと主張していれば、あの津波の前に。

優しい馬(にいはる里山交流センター前の旧奥津邸)2020.10.24
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2020年10月23日 (金)

ゆっくり歩く人

自宅の部屋から、バスに乗る人降りる人の姿が見えます。バス停の近くに歩道橋の階段があります。彼らは、バス停に向かって確かめながらゆっくりと階段を降り、またはバスを降りて一歩一歩ゆっくりと階段を上がっていきます。

私の団地の高齢化率(65歳以上の人の占める割合)は51.1%(2020年3月末)です。私も妻もとっくにその中に含まれます。高齢化率が進むにつれ、ゆっくり歩く人が増えています。この辺では、急ぎ足で歩く人はめったにいません。一人で、あるいは誰かに手助けされて、ゆっくりと歩いています。

先輩はかつて言いました。「退職後は私の時間がゆっくり流れる」。その通りでした。私の時間も今はゆっくり過ぎていきます。逆に、年末には「もう1年が終わりか!」と、時の経つのに驚きます。今の時間はゆっくり流れ、時が過ぎればあっという間になる。老人は大抵そう感じるのでしょう。

若い頃は歩く速度が速かったのを思い出します。そう言えば、ズボンを履くとき脱ぐとき、片足立ちの瞬間があります。今まで無意識のうちに出来たことが、足の筋肉が衰えたのか、今は時折よろめくようになりました。他にもいろいろ体の不具合が出てきています。若い頃は簡単に出来たことのいくつかが、今は上手に出来なくなりました。年を取るとこうなると分かりました。

体をだましだまし、ゆっくり歩いて私は生きていこうと思います。あと10年かな。

たくさんのダリアがありました(500品種・4,000株)
町田ダリア園 2020.10.21
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2020年10月20日 (火)

自分では気づかないこと

ある日、生徒の保護者から理不尽な苦情申し立てがありました。苦情を受けた職員からその内容を聞いた私は、思わずかっとなって言いました。「だったら○○○と言い返せばいい!」。そうしたらその職員から、「それでは相手と同じレベルになってしまいます」と、たしなめられてしまいました。相手は若手の職員でしたが、私は恥ずかしくなって自分の短慮を反省しました。

ツイッターでは、上の私のように他人からの批判的な言葉にすぐ頭に来ちゃう人がいます。頭に来るくらいですから、確かに相手の言葉も汚い場合が多いのですが、言われた方も同じような汚い言葉で反応してしまいます。多分生身の人間同士では使わないような言葉が、SNS上ではよく行き交います。本人たちはあまり気づいていないようです。

結婚式に呼ばれて披露宴から帰宅した後、自分の白ネクタイが汚れているのに気づきました。どうやら披露宴で食事をした際に、スープを口に運ぶ時にこぼしたらしいのです。私はがっかりしました。私の最近の独り言もそうですが、これは明らかに老いの兆候でしょう。階段や坂道を歩く時の姿勢や、電車に乗車した時の空いた席を探す視線や仕草にも、多分自分では気づかない老いの兆候が現れているような気がします。

視線と言えば、綺麗な女の人に出会うと私はチラチラと視線を送るそうです。妻がそう言いました。これは昔から、だそうです。綺麗な女の人に出会うと誰でも自然と目が行きますが、私は無関心を装って他人にはその視線を気づかれていないと思っていました。妻が言うには、「昔からもうバレバレもいいところ」、なんだそうです。

自分では気づいていないことって、結構たくさんありますね。

 

里山ガーデン(時折陽が差していたせいか、人出がありました)2020.10.16
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2020年10月16日 (金)

学校給食の思い出

小学校の階段下に、ドラム缶の空容器が置かれていました。元々は脱脂粉乳が入っていたようです。缶の表面に、人の手が握手をした図柄と星のマークが描かれていたのを覚えています。あれはアメリカからの援助物資だったのでしょうか。私にとっての学校給食の思い出は、まっすぐにこの脱脂粉乳に向かいます。栄養価はあったようで、私たちの年代の成長を支えてくれました。でも非常に不味かったです。もう60年以上昔のことになります。

当時の給食に配られた肝油のことも覚えています。最初はかわり玉のような形をしていましたが、そのうち今で言うお菓子のグミのような食感の円錐形に変わりました。私たち子どもの栄養不足を補うためのものだったようです。当時はそんなことは知らずに食べていましたが、ちょっと変な味だったのを覚えています。

給食の食器はアルマイト製?で、中を3つくらいに区分けされたプレートとカップでした。最初の頃だけだったと思いますが、その食器を布袋にいれて自宅から持参し、学校で食べた後はまた食器を汚れたまま家に持ち帰りました。どうして学校で私が食後に洗わなかったのか今思うと不思議ですが、学校では洗わせない指導があったのかもしれません。(それとも私だけが洗わなかった?)時々残りカスが布袋に染みついて、とても嫌な臭いがしたのを覚えています。

小学校低学年の頃は教室の数が足らず、私たちは二部交代制で登校しました。通常通りに朝に登校するクラスは早番、昼頃から登校するクラスは遅番と呼ばれました。確か一週間毎に早番と遅番は交代しましたが、遅番になると学校はいきなり給食から始まります。一番の楽しみが一番最初に終わってしまうので、私は遅番の週が嫌いでした。

栄養不足を補うための脱脂粉乳も肝油も、今は給食には出ません。食器もアルマイト製ではなく、持ち帰りもありません。早番遅番ももちろんありません。給食にフランス料理やズワイガニが一人一匹出る小学校が今はあるそうです。良い時代になりました。

<参考>
全国の国公立私立小中学校の学校給食実施率(平成30年度)
*小学校 99.1% *中学校 89.9%
横浜市立中学校は学校給食は実施していません。

1ヶ月半後のランタナ。生命力にあやかりたい。2020.8.28→ 10.16
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<今日のメロディー>
紅葉♬
https://youtu.be/CwsuMUiztF0

2020年10月13日 (火)

コロナで分かったこと

コロナで分かったことがあります。第一に、医療技術と技術革新が進んだ割には、世界は意外に脆いと分かりました。弱毒性の感染症に対して、こんなに脆いとは思いませんでした。強毒性のウィルステロがあったら、どう対応できるのでしょうか。

災害対策には、中国のような専制国家が強いことも分かりました。政府の意のままに国民をコントロールします。国民の自由は制限されますが、感染症対策には有効です。日本では、接触確認アプリの「COCOA」は、導入率はせいぜい15%です。日本の医療機関には、患者の状況を国に報告する情報システム「ハーシス」があります。この導入率は医療機関の約40%に過ぎません。いずれも中国ならほぼ100%になるでしょう。日本や欧米の民主主義は、回りくどい妥協の所産です。個人の自由を重んじるばかりに、感染症対策には不向きです。日本の核のゴミや汚染水の問題も、中国ならあっという間に片付くでしょう。

日本人の同調圧力の強いことも分かりました。みんなマスクをしています。マスクしていなければ非難がましい目で見られます。感染者や医療従事者の排除もありました。周りを見回して自分が批判されないようにいつも気にかけています。同調圧力は不安に由来します。私も含めて、日本人は先行きに言い知れぬ不安を抱えています。

トランプさんの性格もはっきり分かりました。マスクをつけないことを勇気の証しと考えています。逆に言えば、マスクをする勇気がないのです。短気でよく怒る人は、繊細で弱い存在です。自分を守ろうとする本能が強いので、少しでも批判されたと思うと過剰反応します。他人を非難する強い言葉の裏には、自己防衛と怯えがあります。気の毒な人です。あんな人をトップに選んだ米国民の良識を疑います。逆に言えば、それが米国の強みかもしれませんが。 

<参考>
世界のコロナ感染者数は3,670万人、うち死者数は106万人(2020.10.10)

通院する病院のすぐそば 2020.10.12
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2020年10月 9日 (金)

現実と妥協する悪人か、不寛容な善人か

責任ある政治家は、何かを選択して決断しなければなりません。何かを選択するということは他の何かを捨てることですから、全体を考えた上でどこかを切り捨てなければならない場合も出てきます。場合というよりも、ほとんどはそうでしょう。つまりは、「悪人」の一部を引き受ける覚悟がないと責任ある政治家は務まらない、ということになります。責任ある政治家は、必然的に「現実と妥協する悪人」でなければならないのです。

社会党の村山富市さんも社民党の福島瑞穂さんも善人でした。村山さんは自社さ政権で首相となって現実の壁とぶつかり、やむなく日米安保と自衛隊を容認しました。つまりそれまでの社会党の政策を捨てて「現実と妥協する悪人」となりました。村山さんはこうして責任ある政治家になりましたが、反対に社会党はその存在意義を失い凋落しました。今は跡形もありません。

社民党の福島さんも民主党と連立して政権の一角を占めましたが、普天間基地移設問題で連立政権を離脱しました。それまでの社民党の政策を固守して「不寛容な善人」を貫き通したわけです。終始一貫しましたが、現実から遊離した社民党もまた凋落しました。鳩山さんも元々は「不寛容な善人」でした。権力を握って現実と妥協しなければならない立場に立ちましたが、妥協しきれなくて右往左往しました。

善人は、現実と妥協しても妥協しなくても、責任ある政治家になるのは困難を伴う、ということなのかもしれません。言い換えれば、責任ある政治家になるには「現実と妥協する悪人」でなければならず、しかもそれは元来の悪人でなければならない、ということになるのでしょうか。悪人でないと責任ある政治家にはなれない、これが今回のとりあえずの結論になりました。

近くの里山ガーデン 2020.10.6
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2020年10月 6日 (火)

人間は難しい生き物

以前、職場の帰り道によくシェパードの老犬と出会いました。飼い主に連れられて、いつも同じ時刻に散歩をしているようでした。若い頃はきっと飼い主を振り切って颯爽と走っていたことでしょう。今は飼い主に促されながら、大きな体でヨタヨタと歩いています。そして時々立ち止まります。何でこんな体になってしまったのかと、シェパード自身も時には考えることがあるのでしょうか。彼は老いや死をどう考えているのでしょうか。

自らの今の老いを自覚するには、若くてまだ元気だった過去を振り返る脳が必要です。やがてやってくる自らの死を思うには、未来を予想する脳が必要です。人間以外の動物の脳は基本的には現在のことしか考えませんから、彼らが老いや死を考えることは多分ないだろうと想像しています。

人間の脳は、過去を振り返ることも未来を予想することも可能です。従って、自らの老いや死を考えることができます。ここが他の動物と決定的に異なるところでしょう。でも人間も動物の一種ですから、基本が現在なのは同じです。AKB48も乃木坂46もやがて老婆になっていずれ死ぬわけですが、彼ら自身もファンもそんなことは露にも思いません。頭では分かっていても思わない考えないということは、実際には理解していないのと同じです。

輝きの日が一瞬に過ぎないことを、輝きの真っ最中の人は理解できないのです。彼らは健康的に今を楽しんでいます。それはそれでいいわけですが、年寄りは「その日」が近づくにつれ、はっきりと理解します。老いて死ぬことが分かりつつ生きるとは、人間とはなんて難しい生き物だと思います。人間は過去や未来を考える知恵を授かりましたが、その代わり老いや死との難しい闘いを強いられています。


旧芝離宮恩賜庭園(浜離宮から15分ほど歩いて)2020.9.30
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2020年10月 2日 (金)

空気の力(「非国民!」は生きている)

「強硬でさえあれば喝采する国民の心理を乱用して・・・」。清沢洌という外交評論家がこう書いて軍部の暴走を批判しました。1933年3月号の雑誌「中央公論」誌上の評論です。日本が国際連盟脱退を表明したのが1933年3月27日ですので、その直前に書かれたはずの記事になります。

日本にこんな立派な評論家がいたくらいですから、太平洋戦争が勃発する前に、日米開戦を回避するために日本政府も裏では様々なチャンネルを使って懸命な外交交渉を行っただろうと推測します。でも、戦争反対をひとたび口にすれば、「非国民!」「腰抜け!」の罵声を浴びただろうことは想像に難くありません。日本国民の熱狂は軍部の暴走の後ろ盾となり、主要メディアはこれに迎合し、これを扇動しました。結局、戦争反対の少数の声は熱狂する空気の圧力に押しつぶされました。

空気の圧力というのは、いつの時代にもどこの国にも存在します。中国政府も韓国政府も、日本に融和的な姿勢を見せれば、尖閣や徴用工や慰安婦問題で強硬な自国民や反対勢力から一斉に批判の矢を浴びせられ兼ねません。国民のこうした対日強硬姿勢を、中国韓国政府は時として内政や外交に利用していますが、そろそろ冷静な対応を考えるべき頃になってもなかなかそれを実行できません。中国韓国メディアでも、日本の非や欠点をあげつらう論調の方が大衆受けするのでこれに迎合し、冷静な議論を押しつぶします。国民の強硬姿勢の空気の圧力が、政府の外交姿勢の選択肢を狭める結果となるのです。かつての日本と同じです。

今の日本にも、国民感情国民目線という名の空気の圧力をここそこに感じます。国民も政治家もみんな不安そうに周りを見渡しながら、孤立化を避け、批判されまい、バスに乗り遅れまいと、安心を求めて自ら進んでその圧力の一部に加わります。空気の力はこうしてどんどんと膨らんでいきます。

久しぶりに遠出した(浜離宮恩賜庭園)2020.9.30
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