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2020年10月20日 (火)

自分では気づかないこと

ある日、生徒の保護者から理不尽な苦情申し立てがありました。苦情を受けた職員からその内容を聞いた私は、思わずかっとなって言いました。「だったら○○○と言い返せばいい!」。そうしたらその職員から、「それでは相手と同じレベルになってしまいます」と、たしなめられてしまいました。相手は若手の職員でしたが、私は恥ずかしくなって自分の短慮を反省しました。

ツイッターでは、上の私のように他人からの批判的な言葉にすぐ頭に来ちゃう人がいます。頭に来るくらいですから、確かに相手の言葉も汚い場合が多いのですが、言われた方も同じような汚い言葉で反応してしまいます。多分生身の人間同士では使わないような言葉が、SNS上ではよく行き交います。本人たちはあまり気づいていないようです。

結婚式に呼ばれて披露宴から帰宅した後、自分の白ネクタイが汚れているのに気づきました。どうやら披露宴で食事をした際に、スープを口に運ぶ時にこぼしたらしいのです。私はがっかりしました。私の最近の独り言もそうですが、これは明らかに老いの兆候でしょう。階段や坂道を歩く時の姿勢や、電車に乗車した時の空いた席を探す視線や仕草にも、多分自分では気づかない老いの兆候が現れているような気がします。

視線と言えば、綺麗な女の人に出会うと私はチラチラと視線を送るそうです。妻がそう言いました。これは昔から、だそうです。綺麗な女の人に出会うと誰でも自然と目が行きますが、私は無関心を装って他人にはその視線を気づかれていないと思っていました。妻が言うには、「昔からもうバレバレもいいところ」、なんだそうです。

自分では気づいていないことって、結構たくさんありますね。

 

里山ガーデン(時折陽が差していたせいか、人出がありました)2020.10.16
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コメント

ヨッキーさんへ
コメント、ありがとうございます。
私の家も「諦念」です。妻が私に対して「諦念」、私が妻に対して「諦念」。諦念ばかりです。結婚前には両目を見開いてよく相手を見ろ、その代わり、結婚後は片目をつぶれ、という言葉があります。私の場合は両目をつぶっています。  くりりん

 今回の「あまだれ」愉快ですね。
私も電車やバスで美しいご婦人をチラチラ見ます。
当然ですが、まじまじと見るという、不躾はしません。
妻には、結婚以来無限回数ぐらい注意された癖を治さないので、馬鹿につける薬はないと諦めらています。
「癖」も結構多いらしいです。一番頭にくるのは、注意すると、必ず言い訳をする事だそうです。
 もう一つ頭にくるのは意見に対して「違う」という事だそうです。妻と同じ内容の発言なのに「違う」というので何も言う気がしなくなると言われます。
そう言い合いながら35年以上一緒に暮らしていいるのは「縁」でしょうね。
相手の言い分では「諦念」かもしれませんね。

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