たった一言で
教員時代のことですが、私はよく授業中に冗談などを言って、生徒をからかったり笑わせては喜んでいました。授業の合間のわずかな時間の息抜きのつもりでしたが、「受け」をねらった私の冗談は、時に個人の生徒に向けられましたので、中には随分と傷ついた生徒もいたはずです。ひょっとすると今でもその時の悔しさを覚えているかもしれません。言った本人は忘れていても、言われた当人は覚えています。今考えるとぞっとします。
自分が中学生だった頃のことですが、ある日、授業参観がありました。授業は英語の授業でした。授業の途中で先生がある質問をしました。黒板に書かれた疑問文に対する返事を英語で言ってみろという質問で、運の悪いことに私が指名されてしまいました。教室の後ろには結構大勢の親達が参観に来ていました。私は椅子から立ち上がり、回答しようとしましたが、答えがわかりません。例によって私はその時もガチガチに緊張していました。どうしても答えられない私の様子を見て、先生は自分から答えを言いました。答えはYes, it is. という簡単なものでしたが、その簡単なものも答えられなかった自分の不甲斐なさと恥ずかしさで私はいっぱいになりました。でもその時先生が、「これはちょっと難しい問題だったかもしれない」と言ってくれました。これが難しい問題ではなかったことは私にも分かりましたので、先生が私を助けてくれたのだと分かりました。
小学校6年生の時、私は担任からの連絡票(昔は通信簿と言いました)に、「度の過ぎたいたずらに注意しましょう」と書かれました。その連絡票を読んだ父親から、「おまえ、何をやったんだ!」と強く叱られました。確かに「度の過ぎたいたずら」だったのかもしれませんが、「ちょっとしたいたずら」と書かれていたら、父親にはそれほど叱られなかったかもしれません。
いつの時代でも、子どもを生かすも殺すもたった一言で済みます。多言は要しません。
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