支配者の論理
他の生き物を捕食することで生きている動物はたくさんいます。人間も例外ではありません。人間は他の動物を食べて生きています。全ての生命は生きるようにプログラムされているはずですから、人間の都合で殺されることに、殺される動物は同意してはいないでしょう。人間以外の動物は食べられるだけでなく、観察されたり、ペットとして飼われたりもします。これも人間の都合です。やむを得ない場合が多いとはいえ、私たちは私たちの都合で、彼らの意志とは関わりなく、この地球上で他の動物を支配しているわけです。
この宇宙には、人間よりも桁外れに高い知性と科学力を持った生命体が存在するかもしれません。もし彼らが地球にやってきたなら、遅れた私たち人間を興味深く観察することでしょう。あんまり珍しいので、宇宙動物園の檻に入れて保護しようとしたり、ペットとして飼育しようとするかもしれません。最悪の場合には、私たちは彼らの食糧の一部にされてしまうかもしれません。もし彼らが私たちを支配しようとするなら、当然私たちは抵抗するでしょう。でも彼我の力は格段に違います。その抵抗は甲斐ないものに終わります。
私たちをはるかに越えた存在に、私たちの基準でその行為の是非を問うことは出来ません。私たちには知性があると言われるかもしれません。でも、猿やイルカにも一定の知性があります。私たちが猿やイルカにしていたことを、彼らが人間に対して行ったとしても、どうしてその非を問うことができるでしょうか。種を越えれば、善悪の基準すら支配者のものとなるのです。私たちには徳性もある? 本当ですか?
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