定年後・高齢化社会

2020年10月 6日 (火)

人間は難しい生き物

以前、職場の帰り道によくシェパードの老犬と出会いました。飼い主に連れられて、いつも同じ時刻に散歩をしているようでした。若い頃はきっと飼い主を振り切って颯爽と走っていたことでしょう。今は飼い主に促されながら、大きな体でヨタヨタと歩いています。そして時々立ち止まります。何でこんな体になってしまったのかと、シェパード自身も時には考えることがあるのでしょうか。彼は老いや死をどう考えているのでしょうか。

自らの今の老いを自覚するには、若くてまだ元気だった過去を振り返る脳が必要です。やがてやってくる自らの死を思うには、未来を予想する脳が必要です。人間以外の動物の脳は基本的には現在のことしか考えませんから、彼らが老いや死を考えることは多分ないだろうと想像しています。

人間の脳は、過去を振り返ることも未来を予想することも可能です。従って、自らの老いや死を考えることができます。ここが他の動物と決定的に異なるところでしょう。でも人間も動物の一種ですから、基本が現在なのは同じです。AKB48も乃木坂46もやがて老婆になっていずれ死ぬわけですが、彼ら自身もファンもそんなことは露にも思いません。頭では分かっていても思わない考えないということは、実際には理解していないのと同じです。

輝きの日が一瞬に過ぎないことを、輝きの真っ最中の人は理解できないのです。彼らは健康的に今を楽しんでいます。それはそれでいいわけですが、年寄りは「その日」が近づくにつれ、はっきりと理解します。老いて死ぬことが分かりつつ生きるとは、人間とはなんて難しい生き物だと思います。人間は過去や未来を考える知恵を授かりましたが、その代わり老いや死との難しい闘いを強いられています。


旧芝離宮恩賜庭園(浜離宮から15分ほど歩いて)2020.9.30
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2020年9月22日 (火)

墓石は語りかける

私は墓地が好きです。春と秋のお彼岸には両親の墓参りをしますが、それ以外にも時間があれば自宅周辺の墓地を散策します。周囲にはお寺さんが多いので、散策する墓地はいくらでも見つけることができます。大きな墓地ともなると、最近は無料ガイドが有名人のお墓などを案内してくれますが、やはり墓地は一人歩きに限ります。

墓石に目をこらすと、陸軍伍長○田○夫が南方の○○島にて戦死、などと記されています。戦死して勲○等をもらったとか、二階級特進とか記されていることもあります。その人が亡くなった年号とその時の年齢を改めて見ると、この人はどんな気持ちで死んだのだろうか、残された家族はその後どうしただろうか、いろいろな思いが巡ります。

墓石にはそれを建てた人の気持ちがこもっています。そればかりか、墓の主さえもが何かを訴えているような気がします。この人を忘れない、俺を忘れてくれるな、その気持ちや訴えが墓石には刻み込まれ、それが時を越えて私に語りかけてきます。

かなり古い墓石もあります。宝永とか享保とか嘉永とか刻まれているのがかろうじて読み取れます。墓石の一部は既に欠け、朽ち果てようとしています。皇族や豪族のとてつもなく大きな墓だって、いつしか誰のものか分からなくなるくらいですから、庶民の墓などはあっという間に忘れ去られてしまうのでしょう。

訪れる人もなく、その朽ち果てる寸前の墓石の主が、今際の一言を私に語りかけてきます。私が立ち去った後、私が最後の話し相手となったその主は、間もなく本当の永遠の眠りにつくことになります。

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2020年9月18日 (金)

2027年問題

以前、2007年問題が話題になりました。この年は、1947年~49年に生まれた団塊世代の大量退職が始まる年でした。約680万人のこの世代が、大挙して退職することによる様々な社会的影響が危惧されました。が、そのほとんどが杞憂でした。団塊の世代は、第一線を退いてもすぐには完全退職せずに、ほとんどが嘱託のような形で継続雇用されました。年金もまだ満額支給されず、ダウンした給料ではあっても働き続けなくてはなりませんから、これはまあ当然のことでした。団塊世代の退職時期が「さみだれ型」になったことで、その影響はやや緩和されたようです。

私の団地(約14,000人居住)でも、高齢者だけの世帯が増えてきました。今年3月末時点で、65歳以上の高齢化率は51.1%です。まだ元気なうちは、老夫婦だけの生活や一人暮らしも出来るでしょうが、体の自由がきかなくなった時には、やがて介護の問題が出てきます。

団塊世代の「大量寝たきり」がやがて始まります。これが2027年頃からです。こちらも現象の発生は「さみだれ型」ですが、その蓄積は、およそ10年間は継続することになるでしょう。その時、国の社会保障制度はしっかりと機能してくれているでしょうか。老人ホームの数やベッド数は足りているでしょうか。そこで働く人たちは、希望をもって仕事をしているでしょうか。2007年問題よりも、こちらの方がよほど重大です。

団塊世代は、かつて日本の経済や社会の牽引役になったという強い自負心を持っています。この自負心を背景に一言居士も多く、団塊世代が不安や不満を持てば、そのエネルギーは一大勢力になります。社会不安は政治不安へと発展するでしょう。どうやら毎年「敬老の日」が来るたびに、この問題が繰り返し心配になります。団塊世代の私は、2027年問題がとても心配です。

咲き始めたベランダの極楽鳥花(合計4つ咲く予定)
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2020年9月11日 (金)

この人誰だっけ

電車の中や通りで出会って挨拶を交わしても、相手の名前がどうしても出てこない時があります。相手は私を覚えていてくれているようなのですが、私の方は顔は見覚えがあっても名前までは出てこない、というケースがよくあります。会話の間中、焦りながら相手の名前を思い出そうと努力します。それでなくても私の脳は老化が進んでいますので、その努力もたいていは徒労に終わります。

そういう場合は丁寧に素直に、「失礼ですが、お名前はどなたでしたか」と正直に尋ねるという友人もいましたが、私はそこまで正直ではありません。こちらからさり気なく様々な質問を繰り出して、徐々に双方の時代と場所を限定しようと努力します。そのうち相手には、「俺の名前を忘れているな」と感づかれてしまいます。私の背中に汗が流れます。相手が感づいてくれて、それとなく自分から名前を名乗ってくれる場合もありますが、一番まずいのは、相手の名前を聞いた後でもまだその人とのつながりが思い出せないようなケースです。これが最悪です。こういう時は、会話をそこそこに切り上げて退散します。
 
それでいて、その日の夜の寝ている時に、急に「あっ」と叫んで名前やどこでお付き合いのあった人だったかを思い出します。とても悔やみます。が、もう後の祭りです。最近は人の名前だけでなく、物の名前もすぐ出てこなくなりました。かなりヤバイです。この間なんか、とその物の名前をここで例に挙げようとしましたが、それが何だったかを忘れてしまいました。何かのカタカナ語だったような気もしますが、チョーヤバイです。


もうすぐ本格的な秋が来る
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2020年8月18日 (火)

青い鳥は籠の中

仕事が滅茶苦茶に忙しかった頃、会計処理で銀行へ行く時が唯一ほっとする時間でした。銀行の処理が終わった後、近くの公園で缶コーヒーを飲んで一息つきます。老人が公園のベンチに、何をするでもなくぽつねんと座っている姿をよく見かけました。ノンビリしていていいなあ、早くああなりたい、とその時は思いました。

現在は純粋の年金生活者となりました。今はまだやることが多少はありますが、もうしばらくすると、やることがない行くところがない、今日一日どうやって時間をつぶすか、そうなりそうです。今となって分かりました。何をやってもいいというのは、実はかなりの不自由です。あの時公園のベンチに座っていた老人を、そんなに羨ましがるほどのことはなかったのです。

今になって言えることですが、勉学に励んでいる頃、子育てに追われている頃、仕事に悩んでいる頃、多忙であってもそれらはみな目的のある大切な時間で、その隙間にある自由な時間はとても貴重でした。老後の今も大切な時間には違いありませんが、有り余る自由になって逆に自由の楽しさを見失おうとしています。自由の有難味を感じられるのは実は束縛の中にこそある、これが私の結論です。ひょっとすると幸せもそうかもしれません。

 

2020年6月19日 (金)

死ねなくなる時代

将来の病気や障害に備え、あらかじめその人のiPS細胞を作成培養しておきます。臓器、皮膚、骨等の各パーツとして、移植可能な状態にまで形成させて長期保存します。いざ必要になった時点でその人に提供します。なんていう時代も、やがては当たり前にやってくるでしょう。人の遺伝子を操作して病気を治す遺伝子治療というのもあります。もう既に行われています。遺伝子を解析することでその人に将来起こり得る病気を予測して、あらかじめその可能性を排除しておくことも可能になります。医療技術も医療機器も医薬品も日進月歩です。すごい時代になりました。

人の寿命は生物学的には120歳あたりが限界のようですが、このぶんではもっと伸びそうです。生物種が繁栄を維持し続けるためには循環が必要です。前の世代がずっと生きていることは、恐らく生命としては想定されていないでしょう。その種が長命になればなるほど、実は絶滅への道を辿っているのかもしれません。パラドックスです。

未来のいつの日にか、人は何で、そして何歳で死ぬことになるのでしょう。それ以上に、私たちにとってより根源的な問題は、ずっと死なないでいることはたとえ健康であったとしても本当に幸せなのか、ということです。どこまで生きることを希望するか、その選択をどの個人もが迫られる、そういう時代がやがてやってくるのでしょうか。

「ああままよ 生きても 亀の100分の1」 (一茶)
この辺りが丁度よい人生ではないかと私は思いますが。

<参照>
◎公益社団法人有料老人ホーム協会 第18回シルバー川柳入選作品から
*突然に 医者が優しく なる不安
*三時間 待って病名 加齢です
*いびきより 静かなほうが 気にかかり
*年上が タイプだけれど もういない
*未練ない 言うが地震で 先に逃げ
*味のある 字とほめられた 手の震え

<参考>
「定年後・高齢化社会」編バックナンバー http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-767460.html

薬師池公園 2020.6.17
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2020年3月31日 (火)

弱虫の虫のいい選択

日本人の年間死亡者3人に1人はガンによる死亡です。次は心疾患と脳血管疾患で、この二つを循環器疾患としてまとめると、これも3人に1人の割合になります。つまり私たちが死ぬ時、3人のうち2人はガンか循環器疾患のいずれかで死ぬことになります。かなり高い確率です。

ガンは余命を宣告された場合、短い人でも月単位の期間が残されます。この間に、病気と闘いながら同時進行で心の準備ができます。残される家族への思いや配慮の時間が確保できます。事態を受け入れなければならない周囲の人間にとっても、この期間はかけがえのない貴重な時間となります。ガンが人に優しい病気と言われる所以です。一方で、残された準備の期間は同時に苦悩の期間でもあります。死んだ後の家族の生活や死後の世界も気になってきます。宗教など頼れるものがない人には、絶望や不安、心の葛藤など迷いも出てきます。これは家族も同じです。

心筋梗塞や脳卒中はほとんど不意打ちで襲ってきます。死を自覚する一瞬すらないような場合もあるでしょう。だからガンのような準備は、本人にも周囲にも通常出来ません。その代わり生前の苦悩はありません。突然死に周囲の驚きと悲しみは一気に高まりますが、それは死後だけのもので済みます。

ガンに罹った人の闘病日記等を読むと、病気に挫けない意志の強さと、病床にあってもなお示そうとする周囲への心遣いに驚かされることが数多くあります。でも心がそれほど強くない私には、不意打ちの循環器疾患の方が好ましいような気がします。出来得るなら痛みのない心疾患か、辛いリハビリのない脳血管疾患、これが弱虫の私の虫のいい選択です。

<今日のメロディー>
朝♪
https://youtu.be/L46Kdg6RaJM

 

2020年3月10日 (火)

老いは受け入れるしかありません

かかりつけ医が、最後に私にこう言いました。「年を取ると色々なことが起きますよ」。70歳を超えた辺りで、私は確かにそうでした。今までにないことが体に起きています。

夜中にトイレに起きるのは2回、ひどい日は3回になりました。70歳前にもトイレに起きましたが、今はその回数が増えたのと、再入眠に時間がかかるようになりました。

私は若い時は歩くのが速かったです。急いで歩いている時に、目の前の高齢者が邪魔だったのを覚えています。私自身が高齢者になって解りました。高齢者は体の急転換ができないのです。今、私は急転換する時に足がふらつきます。ズボンの脱ぎ着、靴下の脱ぎ着の時も体がふらつきます。足腰の筋肉が衰えたせいと思いますが、脳の影響かもしれません。

薬の錠剤を手から落とすようになりました。シートから錠剤を取り外そうとする時によく落とします。気をつけても落とします。小銭を財布から出すのにも苦労するようになりました。いつしか、箸もうまく扱えなくなっているのに気付きました。脳から指先への指示や伝達が難しくなっているのでしょうか。

一番困るのは、言葉が出にくくなったことです。適切な単語が出てこないのです。MRIの検査で、軽い脳出血(2か所)と小さい血管が脳梗塞(多数)を起こしていました。隠れ脳卒中というそうです。発話する時は、つっかえつっかえになります。特に、「か行」と「た行」が発語困難です。電話をかける時はあらかじめ文章をこしらえて、それを読むように対処しています。電話がかかってきた時は大変です。しっちゃかめっちゃかになります。一方、いまのところ歌はスラスラ歌えます。発話と歌は、それぞれ脳内の別の領域を使用しているのでしょうか。

3日前にも大切な鍵を失くしました。探しましたが見つかりません。多分、家の中にあると思います。しまった場所を忘れているのでしょう。仕方なく、新しい鍵を作るつもりです。最近、物や予定を忘れることが多くなりました。

上記は私の病状日記です。昔はこうでなかったのになあと、歯がゆい思いをします。誰しもがいずれは老います。遅らせることは出来ても、老いは受け入れるしかありません。

<参考>
「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-767460.html

小坊主と木蓮 2020.3.6(恩田川沿いで)
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2020年2月21日 (金)

たちまち太郎はおじいさん

この歳になって初めて分かりました。若い頃、と言うよりも小さい頃の自分と今の自分とを比べると、中身はほとんど変わっていないことに気づきました。人の心の中の基本は、幼い頃に既に出来上がってしまうものなのでしょうか。

子どもでも大人でも著名人でも一般人でも、年齢や社会的地位に関係なく、どうやら人の心の中には優越感と劣等感がいつも同居しているようです。優越感は時として自慢や過信に、劣等感は嫉妬や攻撃に置き換わります。そして相反するこの両者の裏には、共通の「不安」が隠れています。自信に置き換わる優越感や、努力につながる劣等感もありますが、根底に「不安」が隠れているのは同じです。「不安」は人の生存と不可分の関係にあり、「不安」とともに人は年を取り老人になります。

竜宮城で乙姫さまと一緒のときの太郎には「不安」はありませんでした。故郷に帰って玉手箱を開けたとたん、太郎はおじさんになりました。玉手箱を開けたわけでもないのに、気が付いたら自分もあっという間におじいさんになっていました。でも太郎同様に、自分も心の中は子どもの頃、若い頃とほとんど変わっていません。なのに体だけはおじいさんです。月日の経つのも夢のうち、です。不思議でたまりません。

玉手箱の中に閉じ込められていた白い煙りの正体は何だったのでしょう。それはひょっとして「不安」ではなかったかと、近頃私は思案しています。

<参考>
「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー 
http://nobu-chin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-767460.html 

<今日のメロディー>
浦島太郎♪
https://youtu.be/cIGMlpAarFY 

薬師池公園(一番下の写真は、拾ったロウバイの種) 2020.2.19
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2020年1月28日 (火)

「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー

「定年後・高齢化社会」編 バックナンバー(2008年6月15日~2018年6月1日まで)

番号  掲載年月日   タイトル
13 平成20年(2008年)9月 6日  私のゴールデンタイム
14  9月13日 「あっという間」に敬老の日
18 10月11日 定年後の苦楽
61 平成21年(2009年)9月18日  2027年問題
78 平成22年(2010年)1月15日  お寺さんは幼老院
83  2月19日  面白うて、やがて悲しき
102  7月 2日  お葬式とお墓はどうしようか
128 12月31日  ヒトの時間
134 平成23年(2011年) 2月11日  税務署の徴税能力はどれくらいですか
148  5月20日  オールドブラックジョー
160  8月12日  今書いておかないときっと忘れる
163  9月 2日  たちまち太郎はおじいさん
193 平成24年(2012年) 3月30日  粗大ゴミになる前に(もうひとつの都市鉱山)
228 11月23日  死ねなくなる時代   
251 平成25年(2013年) 5月 3日  墓石は語りかける
256  6月 7日  青い鳥は籠の中
258  6月21日  そろそろ片付け開始  
269  9月 6日  この人誰だっけ     
274 10月11日  人間は難しい生き物
292 平成26年(2014年) 2月13日  2060年問題(46年後の責任なら問える)
302  4月25日  認知症の行方不明者年間1万人の時代
303  5月 2日  シルバー代理店のシルバープランナー
324  9月25日  私は先進的な街に住んでいます
343 平成27年(2015年) 2月 6日  高齢者は元気なうちにモノを捨てる
349  3月20日  すきまサービス
354  4月24日  今書いておかないときっと忘れる(その2)
355  5月 1日  死ぬのも大変
357  5月15日  高齢者介護に大学生を利用する方法
361  6月12日  ある日それは急にやってくる
367  7月24日  地域包括ネット?
382 11月 6日  言いにくいことですが(ボランティア活動を考える)
387 12月11日  困っている高齢者はまずどこへ行けばいいのか
392 平成28年(2016年) 1月15日  心に残るのはたったひとつの風景、たったひとつの言葉
403  4月 1日  日本が死なないために
419  7月22日  今からでもまだ間に合うか
422  8月12日  これは老いの兆候か
425  9月 2日  立つ鳥跡を濁さず
441 12月23日  独り暮らし高齢者の緊急時の対応
442 12月30日  生命活動は時間の流れに逆らおうとしている
462 平成29年(2017年) 5月19日  言葉が出てこない(これは認知症かそれとも失語症?) 
464  6月 2日  昔見た年寄りは今何処に(副題:凄い人)
472  7月28日  言葉が出てこない(その2)
473  8月 4日  マスター・キーはできないのか
477  9月 1日  敬老パスをもらいました
480  9月22日  年寄りは働かせるに限る
488 11月17日  一日のうちにアボカドの名前を三度忘れた
494 12月29日  もう一度私たちは頑張れるか(日本の未来の年表)
497 平成30年(2018年) 1月19日  年を取ると変なことが起きるもんだ
502  2月23日  カードが見つからない
516  6月 1日  放てば手に満てり(70歳という年齢)

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     → 出したい記事の掲載年月「〇〇〇〇年〇月」をクリック 
    すれば、上記のうちの希望の記事をご覧いただけます。 

  

 

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